ハンバーガーとコスチューム
大雨の日だった。
なぜか駅前のマックで時間を潰していた僕は、ひょんな事から彼女を見つけた。彼女のことはよくは知らなかった。
一人でモソモソとおいしくなさそうの「プレーン・ハンバーガー」を食べていた彼女は、僕のほうをみて、何故か手を振ってきたのだった。
僕も手を振った。よくは知らなかったが、少しだけ顔を知っていた。何をしているのか聞くと、「よくわからないけど、ハンバーガーを食べている」と、恥ずかしそうに話してくれた。
僕は手持ちの傘をかした。マックから地下鉄の駅まで40メートルほどだった。大雨だったが、それほど濡れないだろうと思ったのだった。
月曜日になって彼女に会った。
大学の同じクラスの女子で、みんなが和気藹々と話をしていた横で、暇そうとも退屈そうと違う、まるで違う生き物の間に放り込まれた猫のように丸まっていた。丸まっていた彼女には友達が出来ていた。僕はそれを見ながら、熱心さに欠ける学友とミソラーメンの食べ方について議論をしていた。
二回目
「私には夢とか、そういうものないから」と、彼女は再びプレーンなハンバーガーを食べながら言った。大学の授業がつまらなくて、半ば不登校になりかけていた彼女は、まさしく授業中であるはず時間に、僕にそんな話をした。
それは嘘だった
夢も希望もない人間というのは、もっと無表情で死者と区別がつかないものだ。自分から進んで「夢なんてない」という人の多くは何かを諦めた後の無気力を、何かで埋める力をなくしていることが多かった。
彼女が何を諦めたのか聞く勇気はなかった。
夢の話でいえば、と彼女はつぶやき、間を置いてから「ハクになりたい」といった。ハク大好き、とまた言った。ハク? と聞き返してから、彼女は前髪をパッツンと切る動作をした。おかっぱのことか、と僕はその時思った。
違う。あれはもののけ姫のハクのことだった。
頭がわるいパッツンの男の子が好きだと彼女は言う。そういうものが好きになってしまう理由は何一つ分からなかった。
でも、ひとつだけ教えて、それをわけてあげる。と彼女はいって、写真をだした。何かのコスプレをしている写真を、ガラケーの小さな画面で見せてくれた。僕は驚いた。
銀色の髪を前髪パッツンにして、鮮やかだが上品なワインレッドの制服に身を包んでいる。驚いたのは、それが「男性のキャラ」だったからだけれど、もっと驚いたのは、その時の彼女の表情だった。いままで見たことのない、そして見せることのない凜然たる表情。
ガンダムSEEDのイザークだった。彼はエリート意識に凝り固まった大馬鹿者で、どこかのタイミングで、顔に傷をおってしまった。相方のディアッカが陽気で分別があるのに対して、イザークはガンコで、そこがいとおしかったのだろう。
彼女の名前は完全に忘れてしまった。思い出すための手がかりすらなかった。ただ、その時の表情は覚えている。忘れないだろうと思う。
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