向かい合って、背中に声を掛けること

去って行く背中に声を掛けようとして、何も言えなかったことがある。

僕はよくある。非常によくある。「さよなら」を言い合ったあとに、かける言葉なんて基本的にないはずだった。

それでも「なにか」声をかけたくなる衝動に襲われる。

先日、久方ぶりにあった人がいて、その人と電車の中で一緒になった。他愛のない話をしてからとても混んでいる駅でことばも交わさずに別れた。

別れてから、しばらくその背中を探して、一瞬だけ見かけて、それきりだった。

そういうものだった。

もちろん、何かいわなければならないことなんてなかった。

過日、飲みに行った。友達のいない僕を誘う人はほとんどいなかった。珍しい経緯があって数人で飲みに行き、恋愛について話をした。恋愛には複雑な要素が絡んでいた。

映画の話をしたかったが、その話はさせてもらえなかった。

まっすぐ前をむいてあれこれと話すうちに、この人は自分に背を向けているのだ、と気付いて悲しくなった。あまり笑顔を見せない人だったが、その日はことさらに笑顔を見せなかったように思う。

理由があるのか、ないのかもわからなかった。

SNSでみるその人は、映画が好きで、小説が好きで、いろんなものが好きで、よく泣いていた。ドラマを観て泣き、物語に耽溺しては泣いて笑っていた。感情豊かな人だと思った。

ぼくの前ではそういう顔をしない。感情を殺し、冷淡な分析と端的な断言で鎧のように接する。それだけの話だ。

多くの話がそういう話でしかない。他人の前で感情を見せることは危険なことだとこの社会では習う。そういう話でしかないが、もしかしたら僕はそういう顔を見せて欲しいと思っているのかもしれない。

向かい合っても背中をみていることはある。そんなときでも、背中にむかってかけることばを探し続けている。たとえ言えなくてもだ。たとえ、そのせいで傷付くとしても、だ。



 

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