元気じゃなくても、美人じゃなくても、いいよ。

ちょっと前まで働いていた職場が、所謂典型的な「男性的かつウェイウェイ系」な場所だった。ぼくはそれなりに居心地よくいたけれど、ある日突然ぱっと、なくなってしまった。

なくなる直前に、女の子がきた。正社員にするつもりの契約社員だった。彼女は数日で男性だらけの現場に溶け込んだ。まず、おもしろおかしい女キャラとして溶け込んだのだった。まるでお笑い芸人の女であるかのような苛烈なしゃべりを武器に。そして、それと同時にきれいでかわいい女性であろうとした。

僕は彼女のことが普通に好きだった。恋愛感情や友情ではなくて、ずっとそばに、あるいはずっと近くで見ていたい彫像のような感情を抱いていた。それはたぶん、ぼく以外の多くの男性社員がそうだっただろう。彫像に抱く幻想は多元的だ。

あるものは信仰として。あるものは道具として。あるものは慰み者として。彼女は孰れのオーダーにも答えられるだけの胆力と知力と、自己犠牲の精神をそなえていたけれど、その本心では修復できないほどの深い傷を負っていたのかもしれなかった。そのことにずっと気付かなかった。

ある時のことだ。僕は彼女が元気いっぱいに振る舞っており、いつもどおり軽口を叩いていたあとで、「やっぱり○○さんって、男子感あるよね」と先輩がいった。その時彼女は「男子ですから」といった。

そしてお昼休みがあり、しばらくしても戻ってこなくて、僕はサボりでドトールにいった。ドトールの二階の喫煙室で、彼女は泣いていた。それをみて僕は何も出来ずに帰って行った。

傷つくぐらいなら言って欲しいという気持ちと、傷つかないで面倒くさくないままでいてほしいという気持ちと、傷ついた気持ちを隠したままでいてほしいという気持ちと、人はだいたいこの三つを持ち合わせて心の傷と向き合うと思う。

そのときに教えて欲しい。「どうすればいいのか」。そして教えないでほしい「嘘をついている私をスルーしてほしい」という欲求を。

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