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正しい奇跡の起こし方

ビジネスには奇跡が必要だ。

あるいは、教育、あるいは日常。奇跡が起こらない場所は、札束が唸っていても、うまい飯があっても、消えていく。

ビジネスには奇跡が必要だ~~というのは僕のオリジナルではなくて、昔一緒に飲んでいたVCから金を引き出すのがうまい吉原さん(仮名)が言っていたことだ。

吉原さんは嘘つきを嘘で混ぜたような嘘つきだったが、よくほんとうのこともしゃべっていて、奇跡のくだりはたぶん「ほんとうのこと」だったのだろう。

どんな奇跡が必要か知りたい人は、現代における道徳的説話集というべきコトラーのマーケティングブックを繙くとよい。僕は内心とてもくだらないと思っているが、分析と習熟によって理論化された儲け方が書いてあり、その実際例が書いてある。

吉原さんがみた奇跡はそれとは全然違うことだった。北千住のラーメン屋でクソまずいラーメンを奢ってくれたときに、小学生のときにダムでみた星の話をしてくれた。曰く。

小学生の時に、お泊まり保育にいった。お泊まり保育というかお泊まりで、その時はダムの近くにある木造のおんぼろ小屋にとまった。夜にトイレにたつと女の子がすっと小屋を抜け出すところをみた。僕(吉原)は追掛けた。彼女はダムの上の、花畑がずうっと続く道を歩いていた。金色に光る花々の間を、月光が通り過ぎていく。その時ほど美しいものをみたことはない。

で、女の子がどうなったかは言わずに、吉原さんは「そういうのがね、感動ってやつだよ。人を動かすあれ」。そういって極めて重篤な障害を持ちながら、大きなビジネスで成功している人の記事をウェブで眺めてからいった。「綺麗な話に人はハマるのよ。そこがポイント」といった。

話を加工するその方法が大事なのか、と思ったけれどそうでもないようだった。

脈絡はかみ合っていないが、噛合っていないからこその「奇跡」なのだろう。人は30年も生きたら希望の船が晴天の元でも沈むところを幾度も目撃することになる。沈む確率は泥船でも豪華客船でも変わらない。沈まないために必要なことはただひとつ「奇跡」だ。

写真は関係なさそうな御菓子だ。

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わたし、もう一回だけみてみたいんですよー。と、よしざわ(仮名)が焼き鳥串を食べながらいった。何を、と聞いたら、MOTHER2の僕だけの場所だそうだ。


やればいいじゃないか、と僕はいった。よしざわ(仮名)の年収は僕の5倍はあり、バーチャルコンソールでも実機でもMOTHER2(スーファミ)を遊ぶのに困る道理はなかったはずだ。よしざわ(仮名)はしかし、そうではない、と言う。

遊んでも、昔みたいに感動しないんですよね。

ということらしかった。それは分かった。タネを知ってしまったミステリーや手品のようなものだ。そういえば、子供のころはなんであんなに何でもかんでも感動していたのだろう。

よしざわ(仮名)が言っていたことは単純なことだけれど、取り戻せないという点においては深刻を極めることかもしれない。ぼくにできることはなく「ゴートシュミレーターとか、もっといいゲーム探しなよ」と適当にいうしかなかった。

よしざわ(仮名)は突然、「たたたさんって乙女ですよね」と言った。僕は乙女ではないので「はあ」と生めいた嘆息だか相づちだかわからない返事をしてその真意を測りかねていると「乙女って、いつも夢見られて、いいなーって思うよね。女の子には無理だわ、乙女でいつづけるの」。

写真はわずかながら関係を想像しうる乙女である。

さっぱり理解できない論理だけれど説得的な気はした。そうか、ぼくは乙女だったのか、と得心しようとした。おっさんで乙女、って終わってるのではないだろうかと思ったがその気持ちはホッピー黒で押し流した。

ああ、吉原さん(仮名)は乙女だったのかもしれないと思った。VCの役人達はガツガツしていて行動力がある若者を探していたが、若者はガツガツしたり行動したりすると大体破産するので静かにしていたほうがよかった。むしろガツガツするやつは乙女だったのではないか、と思う。ただ、ぼくはガツガツしていなかったので、深窓の令嬢という扱いだろうか。

よしざわ(仮名)は突然「きもいー」と叫んだ。

よしざわ(実名)の愛のあるキモイーとは全然ちがう、自己嫌悪と憎悪を含んだ叫び方だった。「処女とかクソでっすわ!! 処女」といきなり言ってビールを一気飲みした。一緒の場にいた吉田(仮名)も、ぽかーんとしていた。

よしざわ(仮名)は「女子! 奇跡をおこす!」といって大ジョッキを置いた。おっさん乙女と吉田(仮名)はくそみそに酔っ払った女子を店から引き釣り出してタクシーにのせ、なぞのめそめそ泣きをつづけるよしざわ(仮名)を見送りながら、きせき、かーと思っていた。

正しい奇跡の起こし方だ、と吉田(仮名)はいった。そのあと吉田(仮名)の金で串カツを食べて、エクスペンタブルズ無印が神という話をした。

それから、吉原さん(仮名)に一度あい、彼はアメリカに飛んだ。もう会うこともないだろう。吉田(仮名)は3日に1度顔を合わせている。よしざわ(仮名)は仕事をやめた。ぼくは認めたくないけれど、よしざわ(仮名)はもしかしたら奇跡を起こしたくて、起こせなかったのではないか、と邪推する。

結局、正しい奇跡の起こし方なんてないのだ。それでも世界には奇跡が一定量必要なのだった。

なお(仮名)の人は実在しませんのでそのあたりよろしく御願いします。

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