目を覚ませ僕らのCORONAがMEXICOじゃなくなっているぞ!

「BOOOOOOOO!」
ビール瓶を片手に握っている男がステージに向かって大声でブーイングした。
「BOOOO!辛気臭せぇ歌なんざ、聴きたくねぇよ!BOOOOOO!!」
男の顔が茹でたロブスターのように赤い、かなり仕上がっている。ステージから飛び降りてそいつをブン殴る衝動を抑えながら、サムは場を口をマイクに寄せた。
「ヘーイDude、落ち着け。ヤァヤァディンドンさっき6回も歌ったんじゃないか、ここは他の曲を聴きたい人を尊重してさ」
「ヤァヤァディンドン聴きたくない奴がこの中にいる?いねぇよな!?」
泥酔男が淀んだ目でバーを見回した。
「そういう奴は出ろ!おれが、うーん......おれがやってやる!」
「うるせぇなぁ......おいBGMマンのオッサン、ヤァヤァディンドン歌って黙らせてやれ、うるさくてかなわん」
別の客が飲みの安寧を求めてヤァヤァディンドンを促す。サムは背後のドラマーのジョイとアコーディオニストのアルヴィンと視線を交わした。二人とも「お前に任せる」と目線で伝えた。
「はぁ……」
ため息し、サムはギターを持ち直す。
「オーケー、熱いリクエストに応じて、ヤァヤァディンドン無限にリピートしてやるよ。楽しんでやがれ」
「ヤッター!ヤァヤァディンドオオオオン!!」
泥酔男がバンザイのように両腕を振り上げた。瓶からビールがこぼれた。

「くそっ、誰がBGMマンだ!エッホ、コッホ!」
閉店後、カウンター席に座っているサムが悪態をついた。その後はヤァヤァディンドンを21回も歌ってしまった。喉はガラガラ、頭の中はいまだにメロディーが響いている。
「どいつもこいつも、ミュージシャンに対するリスペクトがなっとらん!」
「ヘーイ、そんなこともう気にすんなよサミーゴ、血圧が上げちまう」
天然ウェーブパーマロン毛の中年男性はそう言い、サムの前にハチミツ入りのジンジャーティと皿に乗せたスペシャルドッグを置いた。彼の名はラッキー・ロンドン、バーのオーナーにしてチーム・サムライの2代目ベースシストであり、サムのハイスクール時代からの友人である。
「飲んだくれどもに音楽のセンスを求めてもムリな話さ。ほら、スペシャルドッグでも食って機嫌を直せ」
「ラックお前、音楽がなめられて、元バンドマンとして悔しくねえのかよ?つーか追い出せよあんな奴」
「悪いなサム、それはできない」ラッキーは肩をひそめる「あいつは一度の来店でビール1ダース消耗する上客、ああ見えて普段はいい奴なんだ。酒を飲まない限りね」
「変わったな、ラック。金に目がない、汚い大人になってしまった」
サムは暗い顔で席を立ち、ギターケースを肩にかけた。
「じゃあな。この店はカラオケマシンがお似合いだ」
サム乱暴にドアを叩きつけ、店を出た。
「はぁー」
ラッキー・ロンドンは溜息し、また手をつけていないスペシャルドッグを掴んで、齧った。
(お前の方こそ、高校卒業以来ぜんぜん変わらない。いつになったらヒーロー・ストーリーの夢から覚めるんだ?サム)

「グリッドマン!フェイタル・プログラムをそっちに送ったぞ!」
『むっ、フェイタル・プログラムだと!?そんな物を用意したのか、卑しい肉袋め……!』
「ボクがいつまでもやられっぱなしと思ってたら大間違いだぞ、キロ・カーン!グリッドマン、行けーッ!」
『マルコム、きみの思い、しかっと受け取った!』
『よせ、グリッドマン!それを行使したら貴様も消滅してしまうぞ!』
『……私はグリッドマン、電光超人グリッドだ!わかったか!キロ・カァァァァーーン!!!!』
「おぉ、おのれ……!ぐわあああああああ!!!!!」

こうして、少年少女の努力によって零壱魔王キロ・カーンが斃され、デジ・ワールドの平和が取り戻された(ように見えたが、再来週の放送ではキロ・カーンが何こともなかったのように復活し、マルコムと暗い部屋で悪巧みをしていた。マルコムがバックアップデータを使ってキロ・カーンを再構築したらしい。以降にマルコムがキロ・カーンに対する態度がでかくなってより性悪になった。このめちゃくちゃな展開に対して多くの視聴者から不満の声がよせた。俺もその一人だ。よってこの小説は37話をもってキロ・カーンは消滅し、マルコムが光堕ちしたことにする。2次創作さ)。

あれから30年の歳月が過ぎた。夢のヒーローは遠い夢の中。スーパーヒューマンサムライスクワッドのメンバーたちはそれぞれの道を歩んだ。中でもグリッドマンに変身して戦ったサム・コリンズはその鮮烈すぎた青春で心に驕りが出来てしまった。ヒーローとしての誇りに引きずって、グリッドマンではなくなったサムの人生は順調の真逆であった。

ミュージシャンの道が挫折し、それから会社員、タクシードライバー、セキュリティ、配達員、動画配信者、キッチンカーなど色々やったものの、どれも長く続かなかった。ガールフレンドとも付き合いと別れを繰り返しばかりで未だに独身。50代を目前にサブウェイでバイドしながらたまにバーやカフェでギターを弾き、少量の収入で糊口している。

(くそっ、どいつもこいつも舐めやがって……僕が必死に戦った結果がこんなクソみたいな世の中かよ!)
憤慨してラッキーのバーを出た後、サムはスーパーマーケットに訪れた。24時間営業するこの店は深夜労働者の強い味方、サムもタクシードライバーやっていた際はよく世話になっていた。
(むしゃくしゃするぜ!こうなったらしこたま飲んでやら!)
ポテトチップス、シナモンロール、冷凍ブリトー、イージーチーズ、ジョンソンウィルのガーリックソーセージが入ったバスケットを提げて、酒のコーナーに向かう。この店が扱っているビールは品揃えが豊富で、アメリカ、ヨーロッパ、アジアから様々なビールが産地ごとに棚わけされている。
(さて、何を買おうか)
整然と並んでいるビール缶を眺めるサム。ふとある物が彼の注意を引いた。
「ん?」
CORONAビールだ。330mlボトルと450mlアルミ缶のCORONAが「ASIA・CHINA」と書かれた棚に積まれている。
(おいおいおい、CORONAは正真正銘メキシコ産だろ?こんなところに置くとかここの従業員はポンコツか?)
と思いながら、サムは450mlアルミ缶のCORONAを手に取り、ラベルを見た。

「こ、これはっ!!?」

⚡ S u p e r h u m a n   S a m u r a i ⚡

【スーパーヒューマンサムライスクワッド、CMのあとすぐ!】

※この作品はあらゆる主張と主義に関係しない


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