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三回刈り直した

昨日は散髪しに行った。料金QBハウスより安いでありながら洗髪とマッサージができる、気に入った床屋で。

「三分刈りでお願いします。もみあげは保留で」

「三分刈りですか?モノすごく短くなりますが大丈夫ですかぁ?」

初めて訪れた床屋と切ってもらったことがないデザイナーに高確率聞かれる問題だ。この国では丸刈り=ダサい、ギャング気取りという印象があるため滅多に見られない。床屋で注文される機会も少ないだろう。

「はい、大丈夫です。思いっきり行っちゃってください」

「……かしこまりました」

ウィーーン、バリカンが唸り、デザイナーは扇を振るようにバリカンをリズムよく振りながら俺の頭髪を刈り取っていく。今まで見たことない技法だ。これじゃあきれい剃れるかちょっと心配になってきたが、手を振りながらバリカンを繰り返すのも彼女が長い仕事歴のなかで体得したスタイル、いわばカラテだ。素人がプロの仕事に口を挟むべきではないと以前の経験から得た教訓を沿って、黙ることにした。そしておよそ十五分後。

「はい、できました。確認しますか?」

「あっはい、ちょっとメガネを……」

片手でメガネをかけると、鏡に映っている自分の姿がよく見え……えっ、なにこれ?頭頂部の髪が、長い、長すぎる!五文刈りぐらいの長さだ!長い!ダサい!すごくダサい!俺は抗議した。

「これが三分刈りですか?」「はい、ちゃんと三分刈りです。バチカンの刃を斜めにしてたので刈りすぎずに仕上がりました」デザイナーがなんか誇らしげに語った。この状況……客とデザイナーの美的感覚の違いによって生じたトラブルだ。ちゃんと説明せねば。「いや、ちょっと長すぎますよ。もっと短くしてください」「これ以上短くするんですか?取り返しのつかないことになりますよ!」

「アイム、トートリ、シューア。オーケー?」俺はやや威圧的に言った。「ちゃんと三分刈り、お願いしますよ?」

「わかりました……」デザイナーの口調は自分が仕上げた作品をペインティングナイフで切り裂かないといけない芸術家めいて、悲壮感すらあった。彼女にとって今の長さがベストかもしれないが。俺が望むものではない。

ウィーーン、バリカンが再び唸り、頭皮の上を行き来する。この隙に読者諸兄に丸刈りの良さを説明しよう。

俺は昔、少年時代のジャスティンビーバーみたいなボリュームのある短髪だった。ばかだったね、ただでさえ脂っこくなりやすいのによ。毎朝、寝癖と格闘する日々だった。髪型を整う必要が無くせば、どれぐらいの時間を省けるか。そう思った俺が美容院に訪れて、丸狩りを頼んだ。

「いきなり丸狩りは性急すぎない?髪型整うのが嫌だったらまたほかの方法があるわ。まあ、とにかく座んなさい」

出来たのは両側三分、頭頂部五分、しかもちょっとした造形を入れたスタイルだった。

「坊やは頭の形いいからね、誰でも似合う髪型ではないのよ」

予想以上に仕上げがよかったので、俺はあれ以来その店の常連になり、そのスタイル保ってきたが。卒業による実家に戻り、別のデザイナーに説明しても本来の形と微妙に違ったりするので、いっそう全部三分刈りにした(もみあげは保留)。

今まで色んなところで刈ってもらったが、どこでも上手くやってくれるとは限らない。30分掛かって丁寧に刈り上げた者が居れば、バリカンを頭にねじ込む勢いで暴力的にバリカンを扱う奴もいる。料理に例えると、卵チャーハンだ。簡単で、プライパンを扱える奴なら誰でもできるが、上達するのは難しいし、出来具合も人によって様々だ。ゴルフ場みたいに頭髪は全部同じ長さで、頭形とパラレル線を描いたような曲面が最も望ましい。曲面に鈍角みたいな尖った部分が見えたり、長さが一致しなかったりするのはだめだ。

「できました、今度はどうですか」

「んん……まあ……」確かにさっきよりは短くなったが、やはり違和感がある。「これで……いいかな?」

「ありがとうございます。それじゃあ、洗髪に入りますね」

その時である。

「すみません。もし急いでいなかったら、すこし調整させていただけますか?」店長が割り込んできた。彼女には何度刈ってもらったことがある。

「はい、お願いします」

俺は許可すると、店長が手際よくバリカンを滑らせた。ぶずずずず……大量の髪屑が落ちてゆく、けっこう剃り残しがあったじゃないか!

「このお客さんが手心いらないのよ。警専の学生ではないから」「へー、警専でもないのに丸狩りを要求するなんて初めて……でもさっきの方がいいのにな」「アンタの好みはどうでもいいのよ」

どうやら俺がまた警専の生徒と思われたようだ。よくあるよくある。警専とは、付近にある警察専門学校のことだ。そこの男子生徒は髪の毛を短くするという義務が付けられている。でもやはり丸狩りはダサいという認識が多いみたいで、散髪の際は手心を施すよう床屋に頼むらしい。わからないな。はら、ブルース・ウィ―リーとジェイソン・ステイサムを見てみろよ。髪の毛がなくても十二分かっこいいだろう?

「出来上がりました。ご確認どうぞ」

鏡に映ったのは記憶通りの爽やかなボーイであった。これだよこれ!これが俺のキャラだ!

「オーケー、完璧です」

「ありがとうございます。では洗髪に入りますね」

「あっ、マッサージはいいんで、なるべく早くお願いします」

「かしこまりました。こちらへどうぞ」

今はもう夜9時だ、店に入ってからもう一時間経った。急がないといけない。今夜はニンジャスレイヤーの更新があるんだ。

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