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眞の拳 2 #ppslgr

「えっ、うぇ?なんで?」ビックリし過ぎて、自分もビックリするほどアホっぽい声を出してしまった。「ベルナルド、さん……?なんで?」
「それは答える必要のある質問か?それともただの喚きか?」偉そうなラーメン屋のポスターみたいに腕を組むベルナルドさんが言った。
「あ、ぃや、できれば答えてほしいんですけど……」
「いいだろう。カスタマーの疑問に対応するのもインストラクターの務めだ。その前に、その姿勢は何とかならんか?」

 姿勢?ああ、そいえばまた仰向けだった。

「できれば、もうちょっと……頭がくらくらするんで」
「無理もない。俺のストレートもろに食らったからな」ベルナルドの口調何気に自慢っぽかった。「まず、ここは現実でもお前の領域でもないフィットボクシング空間だということはもうわかっているな」

 フィットボクシング空間、前にも一度来たことがあった。その時はバールと一緒に閉じ込められ、外界と完全に遮断されてイマジナリーフレンドも呼べない状況で、どっちが死ぬまでの戦いを強いられたが、何とか五体満足で脱出できた。今回も同じ状況か?

「そしておれはこれから前を徹底的にぶちのめし、自信人格感情すべて破壊して闇の主のもとへ連れて行く」

 へーそうなんですねかぁ。え?

「えっ、なんで?」首の後ろがつねられる感覚を覚えた。俺が本気でビビっている時に起こる現象だ。「なんでその、そういう?」
「質問多いな。答えて欲しいか?」
「ハイ」
「闇の主は、お前のその無益無節操無計画で虚構の命を無から有に創るふざけた力に目を付け、重点捕獲人物とマークした。お前は生きたまま闇の主にその想像力を最後の一滴まで絞り尽されて、千年に続く闇の帝国の礎となるのだ。これでわかったか」
「いやわかりませんけど」
「なら理解せんでいいッ!」
「ひっ」

 大塚明夫の声に喝されて、俺は身体を縮んだ。

「もう休息はいいだろ。さあ立て、構えを取るんだ」
「イヤだよ!僕は人を殴るのが好きだけど殴られるのは大嫌いだ!帰リますよ僕ァ!」

 俺は跳ねるように立ち上がって、限界露出絶叫放尿奇行ズボンと腰の隙間に親指を差し込んだ。トンチキに聞こえるが、これがこの空間脱出する正攻法である。本当だって。

 しかしズボンを降ろそうとした時、ベルナルドが動いた。ぎゅっとスニーカーの靴底が床と擦る音が鳴り(いまは足元が一応砂浜になっているのでそんな声が出るはずないが、フィットボクシングはこういう仕様です)、「シーッ!」一気に距離を詰めてジャブを放った。「ドホーッ!」胸にヘビー級であろう男のステップジャブが着弾した。凄まじい威力。肺から空気が押し出された。ベルナルドは腰を落とした。このコンボ、見覚えがある!俺は咄嗟に身体を丸めて、腹を守った。「シーッ!」ベルナルドのボディジャブが俺のカードに当たった。俺も読みは正解だったようだ。

「ほう、防いだか。感心感心」

 いつものように、ベルナルドは褒めてくれた。えへへ、やった。一発とは言え、ヘビー級ボクサーのパンチを防いだぞ。もしかして本当にボックシンの才能あるかも?

「ではこれからは本気でいくぞ」

 はえ?

「シューッシュッシュシュ!」

 ジャブ?ストレート?フック?わからない。ベルナルドの手は霞んで見えるほど速くて捉えられない。バッ、顔面にまた一発食らって脳の中にスパークが炸裂した。一拍子遅れて、俺は両手で顔をかばった。

「シュッ」「ぐはっ」

 ドッ。今度は脇腹にボディフックが刺さった。思わず身体を屈める。

「シュッ」「ぶわっ」

 右頬が灼熱した。上半身が大きく左へ逸れて、危うく転げるところで踏みとどまった。ベルナルドが攻める。

 対応しようがない、身体を丸めてガードするだけで精一杯。もはやボクシングではなく、一方的なサンドバッグ殴りだ。これまでの人生において闘争を避けて、いざとなれば友達頼りで生きてきた俺と、声が大塚明夫の屈強な黒人ボクサー、力の差があまりにも明白。しかしやらないとやられる。俺は苦し紛れのジャブを繰り出した。

「シッ!」「シッ!」「ぐうっ」

 しかしガードされ、カウンターのフックを食らった。もう、やんなっちゃうよ……

「いるよな、ボクササイズで上手くやっただけでボクサー気取った奴」「ぐわっ」「殴られたことないくせに」「ぶぼほっ」「なにが拳聖だ。ふざけやがって」「ぎぬっ」「所詮アマチュアも満たないボンボンだ」「やめっ」「最近は酒を飲んだ状態でエクザサイスやってただろ。舐めてんのか?」「ぎひぇ」「ワーミングとクールダウンを疎かにして」「ぬふっ」「途中にスマホ見てただろッ!」「あぁっ!」

 ベルナルドのアッパーに顎を打ち抜かれた。脳が揺さぶられて、天地が上下左右に回転する。俺は無様に姿勢が崩れて四つん這いになった。頭上からベルナルドの声が聞こえる。

「貴様の傲慢と怠慢が招いた結果だ」
「うぉぶ……ぼげぇぇぇ……」

 血液混じりの胃液を吐き出し、俺は嗚咽した。

「ひどい……あんまりだよぉ……俺は、ひずっ……俺はただ人を……一方てきに殴りたくて……傷つけたくて……でも犯罪だし、だから人に迷惑かかないよう……こうやって毎日……きょ、虚空を、えっふ、殴って、妥協して…………それが、なんで、こんな目に……あわきゃいけないんのよッ!?」

 自分のいまの顔、鏡がないから見れないけど多分ひどいことになってると思う。視線がぼやけて、顔が腫れ、鼻血で鼻孔が詰まって息苦しい。口に中血の味しかしない。でも意外と痛くはなかった。多分アレだ。アドレナリンとかで痛みを誤魔化している。

「俺はずっと、ベルナルドさんを尊敬していました。でかくて強くて、声が大塚明夫で……俺にとって強者の理想像でした」
「……褒めて頂いてありがたいが、お前に対する処置は変わらないぞ」

 ベルナルドの声が力強く、冷たかった。このままではノックダウンされて、闇の主とやらのところに連れていかれておしまいだ。自分は現実に未練がない、いつでも死ねるとぬかしておたけどいざピンチなってこそ、湧き上がるんものだ、また行き足りない、生きたいって気持ちが。

 そしてこのピンチを脱する手段は多分、ある。働いてくれるかはわからないが、もうこれしかない。お願いしますジーザス様ブッダ様マルス様ジュクゴマスター様、私に力を貸してくれ。

 俺は左手首、動脈の位置に貼ったサージカルテープを剥かした。そこに書かれた”拳聖”の二文字が露になった。

(続く)

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