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【剣闘小説】フォージド・イン・ドリーム

「たしかにへプレス卿の封書だ」セナが羊皮紙の手紙を円筒状に巻けて、封筒にねじ込んだ。「それで、プレミアムアーマーを拵えたいというのか」
「はい」片膝立ちの剣闘士が俯いたまま答えた。「この間はマスター・セナンストルンスが製作したを着る機会がありまして、学舎と貴工房がこれから良い関係を築くべく、是非とも夢幻の冠のプレミアムアーマーを提供して頂き」
「止まれ」
「は」
「立て、面を見せろ」
「は」

 剣闘士は立ち上がった。セナとほぼ同い年で、また稚気が残っている顔に数々の傷痕が刻まれていて、所々に固まったばかりのかさぶたが残っている。

「ふむ」

 セナは剣闘士を推量した。傷顔ではあるが、パーツが一つも欠けていないため容姿はまた端正と言える。

「お前、名前……なんだったっけな」
「ブライドです。マスター・セナンストルンス」
「ブライト。立ったまま話すのなんだが、まあ座れ」
「はい」

 セナは自分の椅子に座った。ほかに椅子らしく物がなく、そのまま地面に座ることになったブライトに、セナはコップを差し出した。

「水だ」
「はい、ありがとうございます。マスター・セナンストルンス」
「オレのことはセナでいい。それと、オレはお前のこと聞いたことがない。また名前が知り渡っていない剣闘士に、オレが作ったプレミアムアーマーを渡せだと?」
「ぶっ、それは、自分がまた駆け出しでして」
「まあ、オレだって師匠のもとから離れて自立したばかり。職人としてもまた無名のようななもんだ。で、オレが作ったアーマーを着たろ?どうな感じだった?」
「そうですね……うまく言えないけれど」ブライトは少し思索して、また口を開けた。「着ていて、とても安心でした。守られている感じがしました」
「ほぉ」表情に出していないが、それを聞いたセナは内心嬉しかった。使用者を大事にする堅牢な守り、それこそ彼の、『夢幻の冠』のモットーだからだ。
「スペシャルアピールはどうだった?俺が考えた武器は使いやすかったか?」
「攻城槌のことですか?それはなんとも……あっ」
「そんなことは知っているわ!ハーネマス師匠の馬鹿でかい弓に対抗するには攻城槌しかないと!でもお前は生き残ったな!教えてくれ、どんな風に使った!」セナの口調が興奮を帯びた。戦場に行った息子の武勇伝を聞きたがる父親のように。
「それは、相手がよろめいたところで、フィニッシュに頭へ一発と」
「カァーッ!そうきたか!その場で見たかった……」

 感極まったセナは掌で目を覆って、しばらく唸った。そしてようやく冷静になった彼は水を飲み、水でむせてからからブライトに顔を向けた。

「コッフ、よかろう。プレミアムアーマーを提供しよう」
「ありがとうございます」ブライトは跳ねるように立ち上がって、セナに礼した。「必ずや、良い戦果を挙げて見せますよ」
「まあ待て」セナは片手を翳した。「頭の中でプレミアムアーマーの設計は完成しているが、大事なピース素材が揃っていない。そうだな、1ヶ月経ったらまた来てくれ」
「そんなに待てません」ブライトは頭を左右に振った。「私に1ヶ月の猶予がありません。絶対に負けられない試合が雄鶏が14回鳴いた日に控えているんです」
「それは心外だな。しかしオレは絶対手抜きしない。待てないなら他にあたってもらおうか」
「手伝います!私ができることなら、なんでもします」
「なんでも?」セナは目を窄めた。「今なんでもって言ったか?」
「あっ」

 口元を覆って思索するセナを見て、ブライトは己の思慮なさを悔やんだ。

『IGNITOOOOO!!!』

燃え盛る岩石人形、火のエレメントの腕横薙ぎを飛び下げながら盾で受けた。

「ヌゥ!」

 直撃は防いだものの、鉄で補強した盾に亀裂が生じて使い物にならなくなった。ブライトは盾を放った。

(崖を登ると、山頂近くに洞窟がある。そこには昔魔女が住んでいた。魔女は出掛ける際に兵団に捕まって、吊るされたが、彼女の住処を守る火のゴーレムが未だに動いている。そのゴーレムの核を取って来てくれ)

 セナからの指示はそれだけだった。山登りだけで一日が費やして、洞窟の入り口を見つけた時は二日目の夕方になった。そして溶岩でできたゴーレムが現れた。

(もはや居ない主人の命令を未だに従っている、哀れな存在……私も似たようなものか)

 同情の念が沸き上がって、消える。敵なら容赦はしない、それがブライトの日常だ。

IGNITO』

 火のエレメントがブライトに向き直り、両腕を広げた。

(来る!)

『IGNITOOOOO!!!』

 ダブルラリアット姿勢で突進!

「それはさっき見た!」

 タイミングを見計らって、火のエレメントの横に前転してすり抜けた。火のエレメントは高熱かつ大質量故に殺傷力が高いが、所詮はオートマターの一種、その動きは単純で、様々な剣闘士と戦って来ブライドにとって回避は困難ではなかった。しかし守勢を強いられていることに変わりはない。どうする!

 ブライトはそのまま前に走り、スラディングしながら事前に置いた巨大弓を拾って、槍めいた巨大矢をつがえた。ブライトが持ち込んだ「天使の蜜菓子」工房の武器。残りの矢は一発のみ、ブライトは火のエレメントの背中に露出しているコアに狙いを定めて、放った。

SPECIAL APPEAL
【ANGELY ARROW】

ZOOOOM!矢は蒼の螺旋軌跡を描き、火のエレメントのコアを射抜いた!

『IGNITOORRR!!!』

 矢が刺さった傷口から溶鉄が血液のように噴き出し、全身に纏っていた炎が消えて、やがて火のエレメントは動きを止めた。

IG……NI……T

 完全に機能停止し、仮初の命を宿った人形が崩れて、石と炭に返った。「はぁ……」ブライトは安堵した。エンジェリーアローを使い果たし、盾を失い、自前のアイスブルーフリル一式もボロボロで、間一髪の勝利であった。

 ブライトはダガーで残骸をかき分け、中で仄かに橙色に発行するコアを掬い上げた。まるで熱した木炭みたいに熱い。

(これをどうやって持って帰るか……)

 ブライトが工房に戻ったのは3日目の早朝になった。

「おう、戻ったか。首尾はどうだ?」
「きっちり回収しました。これです」

 ブライトは兜を折り曲げて即席に作ったバケットの中身をセナに見せた。

「師匠んとこの商品を壊したのか、バチが当たるぜ……なに?核に傷をついたか?まあいい、作業を始めよう」

「剣闘士、腹が空いてないか?」
「空いてますが、私は大丈夫です」
「無理するな」セナは炉の横にある鍋を指さした。「すいとんを作っておいた。食っとけ」
「……ありがとうございます」

 セナがすいとんと言った鍋の中身はちぎった生地を豆と葉菜を湖で獲った魚を茹でて、塩気が全くない物だったが、蓋を開け途端に胃がぎゅっと締まって、自分がいかに腹減っているかと気づいたブライトがセナに渡された碗でそれを掬い、その場で貪り始めた。

「美味しいか?」
「ハフッ、ガフガフ!」
「作った甲斐があったぜ。それではこっちも始めるか」

 セナはエブロンと手袋を着けて、トングで火のエレメントのコアを挟んで、鍛造炉に入れて、ゴォォ!炉から火が勢いよく噴き出した。

「いい火力だ」セナは冷静に答えた。「ゴーレムの核はいい火種になる」
「もぐもく、尋常はない熱さです……」
「だろ?尋常はじゃないアーマーには、尋常じゃない火力が必要。この火の中で、鉄がフェロー……鋼になる」

 セナの目は炉の炎を反射して、ギラギラと輝いた。

「剣闘士、満腹になったら手伝え。間に合わせるぞ」

 そして9日目、アーマーが完成した。

「どうだ、待望のプレミアムアーマーの着心地は?」
「素晴らしい……」

 銅鏡に映した自分の姿を見て、ブライトは驚嘆した。

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※アーマーの細部描写がめんどいので省略!きみのイマジネイションの力で、このコーデを剣闘士風に想像しろ!イメージ!イメージ!

 人生初のプレミアムアーマー、着ているだけで力と湧いて、心が高揚する。これがあれば、負ける気がしない。

「感謝してもしきれません」ブライトはセナに深々と礼をした。「必ず、この装備を最大に活かしてみせます」
「そうしろ。アリーナで沢山アピールしてくれれば、注文が殺到して、オレも潤って工房を拡大する。そんな時はまたなんか作ってやる」

 セナが伸ばしてきた掌を取って、二人は握手を交わした。奴隷剣闘士と武器職人以上に、二人の間は戦友じみた友情があった。

 後に反逆者スパルタカスと救命の匠と呼ばれる女と男の物語、その第一章である。



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