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イールの愛と憎 #ppslgr

「今年の土用の丑は二日もあるってよ。今年はどんなイール小説が出来上がるか楽しみだぜ。なあホイズゥ。むしゃむしゃ」

 白い海軍制服の男はマヒマヒタコスを頬張りながら言った。同じにテーブルに座っている黒いチャイナ服のホイズゥはCORONAを呷り、「はぁー」とため息した。

「悪いけど。今年のイール小説は無しで」
「は?」

 海軍服は驚いて動きが止まった。生野菜とソースがトルティーヤ端からボロボロ落ちる。

「嘘だろ?おい、何があった?」
「これだ」

「これを読んだ俺はまるで骨切りされたイールみたいに腰が抜けて、打ちのめされた。俺は自分を疑った。自分の才能なさが明白だ。スキ数を見ればわかる。だったら快くイール小説の看板を渡した方が……」
「たわけがァ!」
「ほあっぷっ!」

 海軍服が白手袋を嵌めた手でホイズゥに平手打ちをかました。紳士的暴力!

「腰抜けたこと言ってんじゃねえよ!あっちが文学作品で、お前のイール小説はパルプだろうが!方向性と読者層が全く違う!」

 海軍服が𠮟咤!しかしホイズゥはゆっくり首を正面に戻し、虚無顔でCORONAの瓶でぶたれた左頬に当てた。

「文学の方が愛されるなら、イール小説がまたイールと共に絶滅しないうちに文学ができる人に託すのが正解。そう思わないか?」
「なっ、ホイズゥ貴様!」

 再び平手打ちすべく挙げた海軍服の手が、後ろから掴まれた。

「ホウホー。落ち着きなさい二人とも。マスターが睨んでるぞい。仲良く膝破壊されくないじゃろ?」

 呪術医姿で老成した口調の男、ジョン・Qは軍服の衝動が去ったと判断し、手を離した。

「しかしよジョン。こいつはもうイール小説を書かないと言ったぞ」
「なに?」それを聞いたジョンは眉間に皺寄せた。「どういうことじゃ?」
「それはな……」

 海軍服は一部始終をジョン手に話した。

「バカタレがぁ!」
「ぶえっふ!」

 激昂したジョンの右フックがホイズゥの顎にクリーンヒット!暴力!ホイズゥは上半身が大きく揺れて椅子から落ちた。

「イール小説を始めた所以を忘れたか!このまま現実がイールに支配されたもいいのか!?」

 ジョンが吼える!しかしホイズゥはゆっくり起き上がり、虚無顔のまま座り直した。

「何とも言え。俺はこのまま、イールと共に滅びてゆく運命……」
「こんの野郎ぉ……ワシはもう我慢できん!」

 ジョンは冷気を放っている蒼色の手斧を抜いた。

「イール小説のない夏を過ごすぐらいなら、せめてこの腰抜けを屠って気を晴らさん!」
「待てジョン!」
「なんじゃい!?」

 呼び止めた海軍服をジョンが睨みつけた。その目に黒い線がイールめいて渦巻いている。狂気!

「止めても無駄ぞ!」
「そうではない」

 海軍服はそう言い、腰に提げている刀を抜いた。

「こいつの腰抜けに我慢ならんのは俺も同じだ。一緒にやる。ケーキ入刀みたいに」
「そうか、よし分かった。せーのー」
「「殺ャ!」」

 二人は同時に得物を振り下ろした。自分の死を悟ったホイズゥは虚無顔のままで目を閉じた。その時にターコイズ色の影が三人の間に飛び込んだ。

「ルリャーッ!」

 カカッ!手斧と刀の斬撃が巨大なアワビ殻によって防がれた!

「二人とも何をしている!」アワビ盾の後ろに、麗しい女性が顔を現した。「いじめはダサいわよ!」
「いや、聞いてくれ魚屋の姐さん!ホイズゥはもうイール書かないって言い出したからよ!」
「なんですって!?」

 海軍服の言葉を聞いた魚屋の表情が一瞬に驚き、悲哀、怒りの色が走った。そして。

「ルリャーッ!」魚屋は腰を捻って身を翻した。その手に持っている鈍く光っている2フィートのシーバスでホイズゥに振った!
「グワーッ!」殴られたホイズゥは椅子ともに横に転んだ! 
「この!赤虫!イソメ!ウシガエルのオタマがぁ!」
「グワーッ!グワーッ!グワーッ!」

 魚屋はさらに追撃して倒れているホイズゥをシーバスで滅多に叩きつける!鱗が飛び散る!あまりに苛烈な怒り方で海軍服とジョンがドン引きして止めに入った。

「まあ姐さん、落ち着け!」
「せっかくのシーバスが勿体ないぞい!」
「はぁ……はぁ……ハッ、私はいま、何を?」

 正気に戻った魚屋は顔中に鱗まみれたホイズゥを見て、口を覆った。

「いいんだ。何もかも……放っておいてくれ。俺はこのもまま腐って床の染みになるんだ……」

 物理的に打ちのめされてなお虚無顔で、ホイズゥは呟いた。

「……ダメもとであれを試してみるか」

 ジョンはスマホを取り出し、せわしくスワイプした。30秒後、バーメキシコのスイングドアが勢いよくスイングした。

「ドモ!ウーパールーパーイーツでーす!配達に参りました!」
「おお、ご苦労さん」
「マイド!お会計はカードで済んでおりました。またのご利用お待ちしております!」

 ジョンはいまだに寝そべているホイズゥはの顔の横に、配達員から受け取った黒い漆塗りの箱を置いた。

「本当にイールに未練が残っていないか、試してもらうぞい。ほいや」箱のふたを開けると、中にはなんと、あめ色に焼き上げたイールがタレを掛けた白米の上に載っていた、いかにも美味しそうな鰻重であった!

「なんてキレイ……」
「たまらない!俺が食べてしまいたい!」

 海軍服と魚屋も思わず驚嘆した。そしてホイズゥ、虚無だった顔は徐々に筋肉が震え、目が見開いた!

「遠慮はいらんぞ」ジョンは老獪に微笑んだ。「さあ、食べなさい」

「う、うおおおおお!!!」奪うように鰻重を手に取って、ホイズゥは直接手で蒲焼を摘まんで、齧った!風味が、油が、旨味が舌上に広がる!イールDHAで脳神経を活性化する!想像力が蘇える!意識が……飛ぶ!

気付いたら、私海に浮かべている大きな黒い絨毯に座っていた。
いや、絨毯ではない、このねばねばとした感触、イールだ。私はとてつもない巨大なイールの背中に乗っている。
左を見ると、無尽の海原に黒いうねうねが泳いでいた。
右に海岸線があった。像に似た生物がいた。それは身体が極端に肥大して四足歩行に進化したエレファントイールだった。
遠くの平野で佇む魚影が二人。真紅の弓兵イールと黄金に輝くイールガメッシュが最終決戦が始まろうとしている。
そしてを空を見上げる。土星の環めいて空を横断するあれは、間違いなくウロボロスであった。
嗚呼、イールバースよ。私は帰ってきた。

 ホイズゥは残っているタレを指で掬い、舐めとった。そして満足そうに箱をテーブルに置いた。

「ご馳走さん。美味かった。そしてみんなーー」

 彼は立ち上がり、お辞儀した。

「迷惑かけた。すまない。今の鰻重で俺は目を覚ました。イール侵略が着実に進んでいる……人間社会を守るために、俺は戦う!イール小説、書くぜ!」

「それでこそじゃな」
「楽しみにしているぜ!」

 なんか締めの雰囲気になった。ここで魚がスマホが鳴った。

「はいモシモシ……はい……なんですって!?わかったわ。すぐ向かうね」

 ピッと通信を切った魚屋はシリアスな顔で三人に向けた。

「皆聞いて、ただいま、ト=ヨースに理性ウツボの武装集団が暴れているの!」
「まじか」
「知性ウツボじゃと?」

「ヘっ、イールめ、調子に乗りやがって」鰻重を食べて快調になったホイズゥは獰猛に笑った。「執筆はあとで、まずはイール退治だ!一緒に来るか?」
「そらもちろんわい!」ジョン・Qは蒼と赤、二丁の手斧を打ち鳴らし、蒸気を吹かせた!
「ウツボ料理か。腕鳴るぜ!」海軍服は包丁セットを手に取った。
「おっと、私がいる限り、無益な殺戮は許さないわよ。捕獲制限はちゃんと守ってもらうわ」と魚屋が言った。彼女は海の守護者だ。

「そんじゃ行くぜ!ト=ヨースへ!GO!パルプスリンガーズ!」

 ホイズゥの呼びかけに応じて、四人はバーメキシコから飛び出した。夏が始まって、戦いが始まった!

(イールの愛と憎 完)

「因みにさっきの鰻重はホイズゥのカードで決済したんじゃよ」
「えっ?」


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