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誰でもボーを伸ばせるとは限らない

 前のnoteで、自分のことクラーク・ケントと比喩したよね。あれは決しておれの思い上がりではなく、自分の中にいる百体のイマジナリーフレンドと会議を重ねて得た結論です。

「やはり思い上がってんじゃねえか?」

 そう思われるのもしかたがない。ここは証拠を見せてさし上げよう。

 このnoteが投稿された翌日、営業が終え、駐車場に向かう途中、バイクに乗ったおじいさんが急に近づいでおれを呼び止めた。

「おーい、そこの若いの。ちょい手伝ってくれ」

 またかよ、とおれは思った。おれは職場で、あるいは飲み屋街を歩いても舐められないようそこそこ鍛えているのである程度筋肉ついてる。顔つきは人畜無害だがそれが嫌なんで髪の毛を借り上げて凶悪性を強調している。でも目がとてつもなく悪いのでメガネをかけている。それらの要素が混ざり合って反応を起こした結果、知的でたくましくて頼れそうなナイスガイに見えたかもしれない。

「……」

 おれは答えず、顔をしかめておじいさんを睨んだが、彼は全く動じず、前齒を欠けた口を割って笑顔を見せた。外見は70ぐらいの高齢で、眉毛まで白くなっている。シャツに覆われていない腕は細く、枯れ木のようにしぼんでしる。でも一番目を惹かれたのはおじいさんの腰にぶら下がっている茶色い液体が入った点滴袋だった。最近の看病生活でいろいろ勉強になってそれが尿液バックと判断した。

 尿液バックとは何か?それは人体に異常が来たし自由に放尿できなくなった際に、カテーテルなるチューブを尿道にぶっ刺して、導尿する。導尿によって排出されたおしっこを受け止めるのは尿液バッグの役割だ。じいさんは元気そうだが、健康面はよろしくないようだ。と思っているうちに、彼が肩に預かっていたボーをおれに差し出した。おれは警戒した。

「なあ、これを回してくれんか?わににゃきつくてなぁ」

 そのボーの正体はアルミ製の物干し竿であった。先端にグリップがあってそれを回すと伸縮できるタイプの奴だ。だいたいこんな感じの。

  いったい何がしたいんだこのじいさん?ボーのグリップを外せる人を探すためこんな体でバイクを走り回ったってか?あまりにも非常識……と言いたいところだが、イマジナリフレンドがおれに「自分の常識を標準に人を判断するのはよくない」とささやいたので、やめた。ボーを回す……か。周りを見渡し、監視カメラがこちらを撮っていること確認した。これでおれがいきなりボーに叩き殺されたとしても、司法がアベンジ(公正な復讐)を果たしてくれるはずだ。

「……」

 喜んで知らない人に助けるボーイスカウト精神をおれは持っていないが、まあ求められたらやらないこともない。おれは何も言わずにボーを受け取っり、先端のプラスチックのグリップを握った。これを回せばいいでしょう?こんなこと、簡単……ん?かん……たん……?

 このグリップ、めっちゃきつくしまってんじゃねえか!?

 けっこう力を入れてるはずなのにまったく動く形状がない。誰だよこんなにきつく締めたのは!?いや待てよ、この国ではボトルのギャップやレジを緩めるときは逆時計回りでまわすのが一般だが、このグリップはその逆かもしれない。おれは時計回りを試した、相変わらず微動だに動かない。

「方向!ぎゃく!余計にきつくしてどうすんの?」

 とおじいさんが指摘した、やはりそうか。ごめんよおじいさん、どうやらおれじゃあ力不足のようだ、がっかりさせて本当にごめん……

(そうじゃったか、きみもこのボーを伸ばせんのか……体格いいのによぉ……)

 おじいさんが失望と軽蔑に満ちた表情が容易に想像できた。所詮はジムで鍛えた温室育ちのボディ、そとの世界ではなんの役にも立たないわけだ。いままでおれじゃ売り上げが悪くて上司に責められた時も、アプレンティスだった後輩が先に昇進しても、おれは筋トレで辛うじて男のプライドを保っていたが、そのわずかの誇りも失い、おれは仕事をやめてフーターズに入り浸って、フラフープを回すベイブを見ながらビールとチキンウィングを貪る。やがて金が無くなり、スティーヴン・セガールめいたタフな警備員に蹴り出されて、しぬ……

 ならぬ。

 そんな結末、ならぬぞ!諦めてたまるかってんだ!また試していない手がある!今がその時だ!そうだろ竜馬!

「今がその時だ」

「スゥーハーッ!スゥーハーッ!スゥーハーッ!」これはチャー呼吸ではない。ガキの頃、喧嘩に臨む際はこうして何回も速く深呼吸し、自分に暗示をかける。これからは一切の制限を無視しろ、法律も痛みもおれを止めることはできん、この命が尽きるまで暴れるんだ。

 過呼吸がもたらす目まいがいい感じになってきた。いける!おれは再びグリップを握った。回す!キツイ!さらに力をこめる!

 ガッ、ガガッ。

 プラスチック同士が擦る音が聞こえた、微かだが確かに動いた、回せる!

「ン゛ン゛ーッ!」

 グリップが緊迫から解かされた。おれはグリップを適度に緩めてからおじいさんに返した。

「おお!ありがとな若いの」「うむ」

 満面な笑顔のじいさんに対して、おれはクールガイぶってその場を去った。今回は危なかった、一時どうなったかと思ったが、おじいさんを助けられたし、プライドも守られた。

 人助けか……悪くないな。

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