動機は不純でいい

いつだったか、何に対してだったか忘れてしまったけれど、「不純な動機やなあ…」と言われてガッカリされたことがある。

就職活動の志望動機や、誰かを好きになったきっかけ、何かをはじめるときの理由。

人は「動機」に対して、「誰が聞いても納得ができて、応援したくなるキレイなもの」をなんとなく求めているような気がする。そういうものが「純粋な動機」とされているのならば、なんだかそれは、ちがうのではないかな、と思う。


「動機」というのを辞書で引くと、「出来事が起こるはずみ。人間がある状況のもとでその行動を決定する意識的・無意識的な原因」とある。

人が何かを決めるとき、はじめるときというのは、案外ドロッとした欲望やふいに起きる衝動がきっかけなんじゃないかなと思っている。だから、むしろ動機は不純であって然るべきなのではないか、と思うのだ。

むしろ、不純な動機を一見「純粋に見える」動機に書きかえて、自分自身を騙す方が、不純なのではないか、と思うのだ。

誰かを傷つけない、欺かないというのは絶対条件ではあるけれど、不純な動機は不純なままに、自分の気持ちに正直に。それが、本当に純粋な動機だと思う。


「志望動機は知名度とモテそうだから」で何が悪い、と、中川淳一郎さんも言っていた。

私だって、大学生の時本屋で働きはじめたのは、「本が好き」なのはもちろん大きかったけど「本屋の店員で働く自分への憧れ」というのが本当の動機だった。

そしてその本屋での経験は、今の私の進んでいる道(進みたい道)に大きな影響を与えてくれている。

「商社のイケメンと一夜の思い出作りがしたい」という理由で商社との合コンに臨んだ友達は、そこで生涯を共にしたいと思える人に出会い、先日結婚した。


人生、そういうもんなのだ。はじまりが不純でも、そこから生まれるものは、たくさんある。

たとえ一見人様には言えないような思いだったとしても、自分の気持ちには正直に、不純な動機に正直に生きたいなと思う、水曜日の夜。

「動機は不純でいいんだよ」といった言葉を僕は生で聴いたことがある。つまり、その先は純粋でなければならないのだ。(『たましいの場所』早川義夫)


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あかしゆか

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