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自分で決めていることなど、実はそれほどないのかもしれないけれど。

帰り道、ほろ酔いで隅田川を歩いていると、なんてことのない階段でつまづき、こけてしまった。こけたのは、私が不注意だったからという理由はもちろんあるけれど、そこに「階段があったから」、こけたのだった。

同じように帰り道、気づいたら無意識的に、道路にある白い線(車道外側線というらしい)の上を歩いていた。これは、私がほろ酔いだったという理由はもちろんあるけれど、そこに「白い線があったから」、私はその上を歩いていたのだった。

そのときに、私は以前読んだ『ごめんなさい、もしあなたがちょっとでも行き詰まりを感じているなら、不便をとり入れてみてはどうですか?〜不便益という発想』という書籍(タイトル長いね)の中に書いてあった、「仕掛学」という学問のことを思い出した。

「仕掛学」とは、「人を◯◯の方向に動かすには、△△すればよい」という人間の慣性を科学して、人の行動を直接的ではない形で誘導する学問のことだ。たとえば駐輪場に斜めに等間隔に引いてある線を見つけると、人は無意識的にその線に沿って平行に自転車を止めてしまうように。あるいは男性用小便器にハエのシールが貼ってあると、男性は無意識的にそこを狙ってしまう、といったように。

自分が取っている行動は、誰がつくったのかさえもわからない「環境」によって支配されている──そんなことを考える機会が、ここ最近は多いように思う。

もうだいぶ前のことになるけれど、今年の4月、東大の入学式の祝辞が話題になっていた。

女性の置かれている現状に対して、あるいは入試における不正問題に対しての言及など、話題になった理由はさまざまだっただろうけれど、私はその中で、下記のセリフが印象に残った。

がんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。

あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。

また最近、ご縁があって『プラータナー:憑依のポートレート』という演劇作品の、観劇ガイド制作に関わらせてもらった。

この作品は、政治的状況が安定せず、軍事デモが現在でも頻発するタイにおける若者の人生を描いた4時間の演劇だ。主人公であるカオシンは、国家の状況や身の回りの環境によって変化を重ねていく。

その観劇ガイドのとあるページで、私はこのような文章を書いた。

あなたはどこかの国に住んでいる。そして、その国の政治状況、置かれている歴史的な立ち位置、あなたが関心をもつ文化の欲望が、あなたの思考、行動、感情に変化を与え、あなたを形づくっているのだ。あなたは、何かに憧れている。あなたが意識しているかどうかに関わらず──。

さらに最近、戦後ドイツを描く『僕たちは希望という名の列車に乗った』という映画を見た。これもまた、戦後冷戦下における東ドイツの若者たちが、国家に翻弄されながらも、必死に自分たちの意志を貫こうとする物語だった。

「環境と個」に関するテーマの作品や文章に出会う機会が立て続けにあったからなのかもしれない。26才という、ある程度の年齢になったからなのかもしれない。何が原因かは明確にはわからないけれど、私は最近、「もしかしたら自分の人生は、大きすぎる環境に支配されていて、自分で決めていることなどほとんどないのかもしれない」と思うようになった。

自分の意志を貫けないような国家の状況に生まれたとしたら? 今の時代ではなく、たとえば戦時中に私が生を授かっていたとしたら? 同じ人間であったとしても、絶対に今と同じ「私」にはなり得なかった。であれば、今私を形作っているものは何なのだろう──。そんなことを、考えるようになった。

私は戦争のない日本という国に生まれ、それなりに平和に、幸せに、のうのうと生きている。「就職」や「働き方を変える」など、ある程度自分で意思決定をして「環境」を選んでいるつもりではあるものの、きっと、もっと大きな、把握しきれないほど大きな「環境」が、私の人生を左右している。

私は、何が自分を作り出しているのかが、わからなくなっていた。だからこそ、今、この国で生きているのだという実感がほしい。自分の環境は、自分で作り出しているのだという手触りがほしい──そう思った。

だから、私は昨日、選挙へ行きました。そんな思いが、今回、選挙に行こうと思ったきっかけでした。

若者が選挙へ行くべき理由とか、行く意義とか、そんなのはどうだっていい。自分の環境に、自分で責任を持つという手触りがほしかった、ただそれだけ。

自分で決めていることなど実はそれほどないのかもしれないけれど、それでも小さな一歩をちゃんと踏みしめて生きていたいよね、と思う日曜日の夜なのでした。タピオカは飲む時間なかったー!


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あかしゆか

92年生まれ。京都からのらりくらり東京へ。サイボウズで働きながら、フリーランスの編集者・ライターとしても活動しています。ほぼ日の塾2期生 / 編集ライター養成講座35期生

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