不思議なあの日々のこと

「今となっては何故だかわからないんだけど」と言いたくなるような不思議な日々が人生の中にはある。

自分の価値観を180度変えてしまうくらいの衝撃を受けた本や漫画が今となってはどこがいいのか理解できなかったりするし、身を削ってでも頑張らなきゃいけないと思っていたあの頃の自分のことを「なんであんなに必死だったんだろう、かわいいな」と思ったりもするし、身を焦がすような恋愛のことだってもうすっかり思い出せなくなっていたりして、「今となっては不思議なあの日々」が、過去にはたくさん、たくさんある。


今となっては何故だかわからないんだけど、去年の夏の終わりから冬のはじめにかけて、週に2度は会い、週に1度は終電を逃して飲むような友達が2人いた。

私は特定の人と頻繁に遊ぶということがめったにない(月イチペースで会えばかなりめずらしいくらい)ので、そして終電では家に帰りたいタイプなので、週に何度も会って、終電を逃してまで飲みたいと思える友達ができたというその事実には、正直心底驚いた。

だいたい飲むのは新宿三丁目だった。そのうちの1人は出版社で雑誌の編集をしているので、校了前は集合するのが夜の23時半だったり、時には24時だったりした。

「今日は絶対帰る!」と言っているのに気づけば漫画喫茶で3人で雑魚寝をしていたり、共通の友人を呼び出して朝までカラオケで歌ったり、誕生日には24時に会社まで押しかけてコンビニのケーキにポッキーをぶっ刺して祝ったり、「アホやなあ」「だまれ」と言い合いながらもすごく楽しい日々だった。


12月にそのうちの1人が結婚したのもあって、自然と会う頻度も減っていき、今では月に1度会うかどうかわからないくらいになった。

けれど、今でもあの日々をふと思い出すことがある。

別に「あの日々に戻りたい」とかそういう未練がましい気持ちがあるわけではない。「あの日々は一体なんだったんだろう」という、それは人生ではじめて味わうような「不思議」な感覚で。

ひと夏の恋、という言葉があるけれど、あれはまさしく私にとって「ひと夏の恋(友達しかも相手は2人ver.)」だった。燃え盛るように急激に仲良くなることがあるんだなあというのは自分の中で新鮮な体験だったし、「独身・東京・若さ」は夜遊びをする三種の神器なのかもしれないということも学んだ。

とにもかくにも、不思議なあの日々はこれから先、もう訪れないような気がする。ただ私の頭の中には、「24歳になぜか知り合って間もない仲良しの友達と頻繁に新宿で飲み明かしていた」という不思議で香ばしい記憶として、ずっと生涯残り続けるんだろうな、とも思う。


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あかしゆか

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