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【#12 じめじめ】茅ヶ崎にもシカゴにも行ったことないけれども


(はじめに。『この前Twitterでさぁ』なんて、現実でTwitterの話をするのは野暮だが、ここはnoteだ。だから、こんな書き出しになってしまった。許してほしい。)

6月の初頭に、こんなツイートを見かけた。

「日本のバンドの音は湿っぽすぎる。black midi みたいに、もっと乾いた音を出せばいいのに。」

元のツイートを失念してしまったのだが、このような趣旨のものだった。

こんなご時世だから一応説明すると、これは別になにか特定のバンドを否定するわけではなく、イギリスの若手マスロックバンド、black midiを称揚するものである。

音に湿度が関係するのか?と一度は思ったが、このバンドの音を聴いてみると、確かに「乾いた」音だった。

演奏に必要以上にエコーやリバーブがかかっていない。リズムも不気味なほどに規則的で、なおかつそこにグルーヴやドライヴ感もある。ボーカルが歌うのも、旋律というよりは、不規則なシャウトである。

彼らの演奏は聴き手に、叙情や余韻を徹底的にまで感じさせない。ただ圧倒的なものを目の当たり(耳当たり?)にした興奮だけがそこにある。

これがいわゆる「乾いた音」である。音にも湿度は存在するのだ。

では、湿った音とはなんだろう?

black midiのまったく逆と考えれば、一音一音に、叙情や余韻が込もっているのが「湿った音」。そう考えてみると、なんとなく日本の音は湿っている、ような気がする。

日本のポップスの源流に、ブルースがあるからだろうか。

日本で最初に本物のブルースを歌ったのは、1960年代末の藤圭子である、という話を聴いたことがある。

アメリカのブルースの余韻と岩手のお祭りで演奏されていた民謡の叙情が混じり合って、独特の日本の湿ったブルースが生まれたのだろう。

そんな、日本のブルースを歌った女性の娘は、30年後に天才少女としてR&Bの寵児になっていたりする。言われてみれば、打ち込みの、自動的なビートなのに、どこか余韻がある。

「茅ヶ崎のオシャレR&Bユニット」だと世の中から勘違いされていたSuchmosは、気づいたら日本で一番湿度のあるブルースバンドになっていた。

軽快なビートとカッティング、そしてDJのスクラッチが彼らの代名詞だった彼らは今ではじめっとしたドラムと、叙情たっぷりのギターフレーズを演奏している。DJはターンテーブルをギターに持ち替えた。

YONCEは湿度たっぷりの演奏の中で、たゆたうように、そして噛みしめるように歌う。

「Everywhere anyone has the muddy water 」

 

(また書き出しがTwitter の話になってしまうけれども)

6月の2週目、土曜日は雨だった。だから、サザンオールスターズの公式Twitterはこんなことを言っていた。

やはり、思い出はいつの日も雨 足元にお気をつけてご来場ください

その日の40周年記念ライブで、桑田佳祐は「思い出はいつの日も雨」と歌わなかった。もちろん「いとしのエリー」も「涙のキッス」も「真夏の果実」も、歌わない。

歌番組にも出ず叩き上げのライブバンドとして活動していた時代の、湿っぽい、ブルースソングたちを、彼らはライブ全編3時間半のうち、2時間も演奏し続けた。

そこには、国民的バンドの面影はない。あるのは、日本語のブルースを追求し続けたバンドマン達の姿だ。(と言っても、ちゃっかり最初3曲とアンコールはヒットソングばかりだったが)

20曲目の「HAIR」で、桑田佳祐はアコースティックギターをかき鳴らして、泣くように、そして噛みしめるように、こう歌った。

「I'm a little joker in a cup of muddy water.」

サザンが育った1960年代の茅ヶ崎も、Suchmosが2010年代の育った茅ヶ崎も、あるいは、Muddy Watersがいた1940年代のシカゴも、どこか似ているのかもしれない。

僕はどれにも行ったことないけれども。

(吉田ボブ)

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