【#11 あつい】街歩きとタイラー・ザ・クリエイター、カニエ・ウエストの子守唄

あつい。

家から新宿まで、歩く。

電車賃がもったいないからだ。学生証を更新していないから、定期も買うことができない。どうしようもない。

夏が近づいてきて、街歩きに適さない季節になってきた。歩いていても、なんだかこう朦朧としてしまって、息苦しい。

一つ目の角を右に。ふと気がつくと、近所の公園横の喫煙所がなくなっていた。

一つ目のコンビニをすぎる。ここには一週間前まで灰皿があった。今はもうない。当然、二つ目のコンビニの灰皿もなくなっていた。

2020年のオリンピックに向けて、紙のタバコは吸えなくなるらしい。外で吸うなど、もってのほか、だそうで。関係ない人にとってはどうでもいいニュースかもしれないが、なんだか息苦しい。

「家でテレビを観ても、外でスマホを観ても、なんだか息苦しいニュースばかりなようで」なんて、わざわざ言うのも野暮だから、Twitterを閉じて、Spotifyを開く。聴くのは、タイラー・ザ・クリエイターの『IGOR』。

あつい。

なにかを観たり聴いたりした時に、どうにも感情が高ぶって「アツい」という表現を使う人がいる。正直、稚拙な形容詞だし、あまり使いたくない言葉だ。が、たまに言ってしまう。

TRICERATOPSの和田唱が昔、こんなことを言っていた。

「かっこいいものにも二週類ある。ホットとクール」

彼曰く、こんな分類をするらしい。

「スピルバーグでも『ジョーズ』はホットで、『E.T』はクール。ビートルズだったら、ジョンはホットで、ポールはクール」

結局この話の結論は「和田唱はクールなものが好き」という話だったのだが、この分類はなんとなく納得ができる。

クールとは何か。洗練されていて、エレガンスなもの。ビートルズの「ヘイ・ジュード」はまさにそう。人間で言うと器用な人。

ホットとは何か。荒々しくて、エモーショナルなもの。同じく、ビートルズだったら「ヘルプ!」がそれだ。言うまでもなく、こっち側の人間は不器用。

こう考えていくと「アツい」という形容詞はなかなか的を得ているかもしれない。「ヘイ・ジュード」を聴いて「アツい」とは言わないが、「ヘルプ!」を聴いて「アツい」と言うことがあるかもしれない。あながち、悪い表現ではないのかもしれないな、と思い直してみる。

今聴いている『IGOR』は、なかなかホットだ。

様々な楽器、歌声、楽曲をサンプリングしたトラックの上で、タイラー・ザ・クリエイターは切ない低音で同じフレーズを何度もリフレインしている。どうやら彼は、どうしようもない恋の終わりを、アルバムを通して歌っているらしいというのは、最近知ったことである。

これをホットと言わずして、なんというか。

あつい。

ホットなものは、いろんなものに漂っている息苦しさから人を解放する。「アツい」と思わず口走ってしまう時には、電車賃を節約していることも、定期を買えないことも、やたらと蒸し暑いことも、どうでもよくなる。とにかく、ホットなものがあれば、和田唱が歌っていることよろしく「それで全て 上手くいく」のだ。

ホットなものが、この2019年にあるのだろうか?

ビルボード・チャートを見てもまだ米津玄師、あいみょん、DA PUMPばかりだ。本屋に行っても、まだキンコン西野の本が並んでいる。街を見渡しても、まだタピオカの行列がある。

2019年は、まだ2018年の尾を引いている。新しいホットなものが生まれていない。だから、息苦しいことばかりなのかもしれない。そう思うと少し納得していた。

そんなことを考えながら、1日が終わった。

家の布団でNetflixを観る。アメリカのトークショーに、カニエ・ウェストが出ていた。

彼はヒゲもじゃの司会者にこんなことを訊かれていた。

「私は息子が小さいころ、子守唄をよく聴かせていた。君も娘に子守唄を歌うのかい?」

カニエはでかい図体に似合わない恥ずかしげな表情を浮かべて、こう答えていた。

「するさ。フリースタイルでね」

なぜだかわからないが、こう思った。

あつい。

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