小説でも書いてみよう

ボクは喫茶店で向かいの席に座るサトウにそう告げた。彼はその内容に興味津々だ。魔法使いや変身ヒーローが悪の組織と戦うようなファンタジーな設定が彼の好みだ。しかしボクの書きたい小説はそれとは違った。何気ない日常を深掘りしてゆくような内容にするつもりだ。

彼は言う。例えば男二人が喫茶店でコーヒーを飲んでいるだけの話を誰が読みたいと思うんだい?そこで突然、得体の知れない怪物が暴れ出してヒーローがピンチを救うような物語のほうが、よっぽど刺激的だし魅力的だよと。

ボクは分かりやすくて深みのある文章を書きたいんだ。安っぽい設定でごまかしたりはしたくないし、日常的に使わない熟語や、一般的には使用しない専門用語を多用して凡人を突き放して置き去りにしてゆくような、にわかに奇才ぶった文章も目指してはいない。それは真理、世界、人間という名の石の、輪郭を浮き彫りにして明確な像にしてゆく彫刻のような作業に近い。

彼は露骨にあきれたような表情を見せた後、時間を確認し、もういかないと、仕事の準備があるからと立ち上がった。上着とカバンを持ちながら、完成した小説は見せてくれなくてもいいよと、冗談っぽく言い放ち、近くの駐車場にとめていた円盤型飛行物体でチャペット星へと帰っていった。

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