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<兄の話:5杯目>戻ってこない兄

ソーシャルワーカーさんとの面談後、そのまま一緒に兄の病室がある階に戻り、今度は担当医師と3人で話すことになった。
担当医師からは血液検査の結果も問題なく、食事を取れていないので体力は落ちているが、点滴を続けて身体の方は回復していると告げられた。
問題があるのは、やはり意識障害。そして精神障害という言葉が続いた。

少し汚い話なのでご注意を。
兄は病院に搬送されて以降、自らトイレに行けない為、紙オムツを使用している。
兄は自らの排泄物を手でいじったり、こねたりするなど、異常行動をとっているという。(いつからかは分からないが、両手の拘束は解かれていた)
医師や看護師さんの声かけに「はい」などと答えるものの、会話は依然として成立せず、身体は回復してきているので、いずれは精神科の専門病院に転院を勧めることになるでしょうと担当医師は言う。
D病院の精神科は外来だけ、さらに外勤で毎日別の医師が担当している為、継続的な治療、経過観察も望めないとのことだった。
担当医師の見解を受け、ソーシャルワーカーさんも「提携できる精神科の専門病院に相談してみます。」と言ってくれた。

担当医師との話が終わり、兄の病室を覗いて帰ろうとすると、ソーシャルワーカーさんが付き添いますと申し出てくださった。
ほっとした。
兄と会話ができないことが不安で怖かったからだ。
前回病院を後にした時、わたしは今日の今頃はアルコールが抜けた兄と普通に会話ができていると思っていた。
現実は予想と違い、今日も会話ができる兄には戻っていない。

病室に入り、兄に「お兄ちゃん来たよ」と声を掛けた。
返事はないが、顔をこちらに向けた。
伝わるか分からなかったが、病院から福祉事務所に連絡してもらうことになったと伝えると、今度は「うん」と返事をした。
返事をした後、兄は顔を正面に戻したのだが、身体が治ったら専門の病院でアルコール依存症も治そうねとわたしが話すと、また顔をこちらに向けた。
ただ、今度は返事がなく、曇った目で私の顔をじっと見つめるだけだった。
なんだよ、それは返事しないのかと思いつつ、どんな気持ちでわたしの顔をじっと見つめたのか考えながら病室を後にした。

書き起こしながら気付いたのだが、意識障害、精神障害と医師に言われたのに、わたしは兄に「アルコール依存症も治そうね」と言ってしまった。
いやいや、今はそれ以前に意識障害や精神障害の治療が先だろうと。
兄もそんなことを思いながら、わたしの顔を見つめていたのかもしれない。


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