アパレル業で私が知ってる事 余談。ZOZOについての雑感。というか百貨店の凋落時のお話。

 まあ私がここでこういう事を書くのもあれなんですけど、なんかオンワードの話やらなんやらでZOZOが悪目立ち気味なんですけど、ZOZOがブレイクしたタイミングってぶっちゃけ私がアパレル業から離れた後の話であって、何と言いますか、いまいちピンとこないって言いますか。

 まあそうなんですけど、小耳に挟んだ情報ってのが、デジャヴすぎるんですよね。これ知ってるよ私?!的な意味で。
 なんなのかなーって思う…までもありませんでした。百貨店です。ですので、まあ百貨店が凋落(うーん、言葉悪いな…でもまあ、容赦してください。少なくとも私の主観ではこの言葉が一番しっくりきちゃいますので)していく前から、店舗撤退が進んだ現状までの流れってのを思い出しながら書いてみようかと思います。

 私が入社したのは1992年4月で、バブル景気のほぼ最終局面です。ぶっちゃけ入社して数か月でバブルが弾けましたから。当時の百貨店っていうのは、概ね半分が平場で、半分がショップみたいな感じで構成されていました。まあ言ってみればバイヤーはバイニングしてたんですよね、厳密にはどうか知りませんが、平場運営っていうのは少なくとも売場担当者が各メーカーの商品量を決定していたって事ですから。世の中はバブル全盛、百貨店はステータス、モノよりも包装紙に価値があったっていうような時代です。北浜にあった大阪三越なんか売上のほとんど外商です(いやイメージなんですけど、私が持っているイメージではなくて、百貨店の社員さんがそう言ってました)。

 そういう時代に百貨店へ出店するっていうのは、言ってみればステータスを求めてです。採算性はよほどの事が無い限り問われませんでした。で、そこで得たステータスをもって専門店に卸売りしていて(会社はこっちで黒字を出してました)、専門店さんはそのステータスをもって販売していたわけです。つまり、百貨店の威光→ブランドの威光→専門店の威光 っていうシンプルな構図だったんですね。あくまでも相対的にですが、当時専門店が一番経費が少なくて済んでいたので、この流れの中にさえいれば誰もがハッピーっていう構造でした。実際専門店さんでの接客の文句で「百貨店でも展開しているブランドの商品です」ってのが多用されていた時代ですから。重要なのは、この時代には百貨店はステータスだった、ってところですね。

 さて、バブルが弾けちゃいまして、百貨店の売上は低迷します。当時は気づきすらしなかったんですが、どうもこのバブル期のどこかの段階で需要過多から供給過多に遷移しているようなんですよね。まあなんでそう思っているかって言えば、それまでアパレル業界って不況を食らった経験がある人がほとんどいなかったみたいで、適切な対応を取れる人がいなかったんですよ。バブルが弾けて以降アパレルが低迷し続けているのは、本来なら需要過多から供給過多に移った時に取るべき施策が、バブル崩壊の陰に隠れてしまって、本来別々の施策が必要だったところ(バブル崩壊だけなら単価の話なんですけど、需給バランスの話なら供給量調整の話なんです。実際の動きはどうあれ、ベースとする施策は違うんです。数学的に言えば2変数問題を1変数だと勘違いして解こうとしたら無限に解が発生しちゃったみたいな感じですかね)を勘違いしてしまったことで無意味に複雑化しちゃったってのがあるんじゃないかと思ってたりします。
 まあこれは私の仮説なだけなので信憑性には欠けますから無視してくださってもいいのですが(逆にご意見があればお聞きしたいところでもあります)。

 百貨店の話に戻ります。売上が低迷した百貨店は、まあ端的に言えば安直な売上アップの為の施策を打ちました。大きく言えば、
①バーゲン販売の強化
②社販・従販といった優待販売
 この2つがメインです。後はマークダウンの際の商品量なんかも少なかったら文句とか言われたりしましたけど、まあそれは季節的なものですし。
 バーゲン販売の強化で起きた事としては、エスカレータ前とかに常設の「赤札商品」が並んだりという状況です。売場内にもバーゲン商品のワゴンが置かれたりしました。はい、平均単価減ですね。
 社販・従販ってのは、要するに社員とかが知人に優待券を配布して割引して販売するっていうパターンですね。ちなみにこれも協賛しないという選択は可能ではありましたが、選択しない場合は期間内の売上は他ブランドに流出しますからなかなかにハードです。私がいた会社は多ブランド戦略を取っていましたから協賛した場合&しない場合の売上の変遷もリアルで見てました。強いブランドはそれでもある程度は売れるんですけど、なかなかこれが。

 さて、この社販従販(実は詳しい定義は忘れました。店販とか言ってた店もあったような気がします。まあとりあえず名目がある割引をしていたってのは事実です。顧客優待の中でも外商部門の値引きに関しては百貨店持ちだった記憶は確かです)、細かい事はさておいて、要するに値引き販売です。元々は福利厚生的な意味とかで年2回だったはずのものが、いつの間にやら月1回とか(百貨店によっても異なりました。関西では阪急はあんまりやってなかった気がしますがうろ覚えなんですよね)になってきました。そうなるとぶっちゃけ割引期間以外の売上が減少しますので、最終的な落としどころが月1とかだったんでしょうね。まあわかりやすい悪循環ですから、少なくとも売場レベルでは百貨店の課長クラスも含めて関係者一同「これはまずい」って思ってました。でも売上の浮沈が大きすぎるので、まずくても止められないのが哀しいところでしたね。ちなみにこの段階で「百貨店と取引してても旨味がないっていうか赤字がキツ過ぎる」っていう不満が徐々にメーカー側に出てきました。全体の売上が低迷しているので今までは広告料的に割り切っていた百貨店での赤字がシャレにならなくなってきたわけですね。

 さて、百貨店に商品を展開する意味としての「ステータス」っていうのがこのあたりから怪しくなってきます。まあ安売りするっていう事はそういう事です。ステータスってのは手が届きにくいからこそ意味があるわけですから。

 さて、こういった流れの中で喘いでいた時に、大店法が緩和されるという大事件が起きちゃったんです。
 何が大事件かって、でっかいスーパーができるっていう事自体も大事件なのですけど、実はもっと重たい意味がありまして。
 意外と思うのかそうでもないのかは人によるとは思うのですけど、それ以前は、百貨店とスーパーって一品単価的なところで差別化されていて、競合してなかったんですよ。スーパーは限られた面積の中で商品を効率的に展開しないといけませんから売れにくい高額商品は置かずに安価な商品を中心に展開していましたから。まあインショップとして専門店が入っている場合はその限りではありませんが、当時のスーパーでは専門店街の面積も知れてます。
 ところが、大店法が緩和された(撤廃だったっけ?当時は緩和緩和っていってましたけど実際どうだったっけ?)おかげでここの制限が少なくともSC側から見た時には外れたわけです(ついでに言えばSC=ショッピングセンターっていう言葉が定着したのもこの時期からです)。SC側としては今までわかっていて取りこぼしていた高額商品のところを埋めにきました。とは言え、メーカー側も「スーパーマーケットでうちの商品を扱うのもな―」っていう抵抗感があって、すぐに移行するっていう事はなかったんです、が、SC側は「SHOPとして展開して欲しい」という要望を出します。インショップです。懸念材料だった「スーパーマーケットで販売しちゃうと商品価値が下がるんじゃないのか」的な考え方とは外れてきます。それ以前からメーカーはスーパー内の専門店では商品展開してきていますからね。要はお客様から見て「スーパーが取り扱ってるんじゃないんだな」と思ってもらえればいいわけです。まあ実際にはそれでも抵抗感はあったのも事実です。百貨店から追い出されると、いかに利益的に赤字であってもそもそもの売上が下がるのは困ります。

 ちょっとだけ注釈しますと、アパレルの商品っていうのは、少なくとも生地ロットっていう制約があったり、ミシンを走らせるのにいちいち設定を変えたりしないといけないっていうのがあって、少量を(安く)作るのは難しいんです。作った分は売らないとおかねになりませんから百貨店の「利益」は捨てられるんですけど、百貨店の「販売量」は捨てがたいんですよ。
 ちなみにここの「少量作るの難しい」っていう現実は、アパレル企業がリストラに失敗する一つの要因だったりします。上層部がこのあたりまできちんと認識していれば大丈夫なんですがそうじゃなかったら失敗します。それくらい重要なところです。

 さて、私の記憶では真っ先に動いたのはコムサでした。フィユだったかな?セカンドブランドかなんかでショップ展開し始めました。っていうかショッピングセンターができた段階でコムサは展開し始めていた気もしますから、勝算があったというか内々で話は進んでたんでしょうね。SC側もコムサを目玉的に扱ってましたし。

 当時のコムサ・デ・モードってのは本当に強力でして、SCに展開しても百貨店的には切れないのはわかりきってましたから。どれだけうらやましかった事か。いや失礼、心の声が。

 さて、商品的に競合し始めたSCと百貨店ですが、SCって地方っていうか衛星都市とかそういうところに作られるんですよね。食品メインなところなので、ある意味当たり前なんですけど。ですので実質的に競合するのはステーション型の百貨店ではなくて地方(っていっても衛星都市みたいなものです)の支店で競合が目に見え始めます。このあたり細かく言い出せばキリがないんですけど、支店的な住宅地立地の百貨店って、プチ高級スーパー的な意味合いも(百貨店側が意図していたかどうかは別として)持っていたので、そのあたりでも競合します。
 ここで下手を打ってしまったのが西武です。衛星都市圏の品揃えをSC側にシフトしちゃったんですよ。いや、単体としての売上を考慮すれば妥当な戦術だとは思いますが、この時点で西武の(少なくとも池袋西武以外)はステータスという面で見えない打撃を受けたわけです。ぶっちゃけ方針を聞いた段階で「西武やべー」って思ったものです。

 でも、西武ほど露骨ではありませんが、衛星都市型の百貨店っていうのはどんどん品ぞろえがSC寄りになってきます。そもそも高級品に関しては本店とかが鎮座しているので、まあ出張所的な感覚だったってのもありますかね。最寄り品に近ければ支店で、高級品は本店でっていう感じで住み分けてたんだと思いますけど、その事が仇になってしまったわけです。そもそも高級品販売にシフトしたくても商圏人口が不足していますから衛星店舗では無理があります。じゃあどうするって言われたら一次商圏や二次商圏で勝負するしかなくて、そのあたりの商圏で勝負するためには価格が安い側にシフトするしかありません。この頃から徐々に衛星都市型の百貨店は撤退を開始します。関係なく撤退した大阪三越とかもありますけど。あそこはあまりに特殊すぎましたからね。なんせ土日休業が一番効率的で、ゴールデンウィークを休みにした店ですから。

 さて、そうなってくると「ステータス」なんて気にしちゃいられません。売上ダウンのダメージが強すぎてそういう事を考えている余裕もなくなってきていますから。
 ですから、判断が早いメーカーから順番にSCに展開→百貨店比率が下がる→百貨店のステータスが相対的に下がるっていうこれも悪循環になりました。

 ここでもう一つ重要な注釈を入れます。実は本店クラスの百貨店と衛星店舗クラスの百貨店では掛率が1~2ポイント違いまして、当然本店クラスの方が低いんです(条件的に厳しいって意味だと思ってくだされば)。でもどちらが利益を上げやすいかっていうと本店クラスなんですよね。
 理由もわかっています。商品回転率が段違いなんです。詳細はどこかで書いたので詳しくは書きませんが、商品回転率が高ければ当然売上も上がりますし、粗利的にマイナス要因となる値引きと返品の比率が(絶対量は多いんですが、比率の話です)低く収まるんです。つまり、対百貨店取引上の構造で言えば「本店で儲けて支店で吐き出す」って感じでした。

 そういう事もあって、百貨店の近所にSCができた場合、メーカー側は気にするのは本店から撤退させられやしないかだけでしかなくて、地域での競合だったらそもそもSCを選ぶよね、的な背景は以前からあったんです。ですから顕在化しだしてからは見事に流出していきました。そうなると百貨店での売上は低下するのでブランドとしては撤退してSCメインで展開したくなります。ブランド商品が無い百貨店って存在意義の(少なくとも、まあ私の主観ですけど)半分以上が怪しくなります。そうなれば手段は撤退しかありません。

 店舗として撤退が増えると、どうしても百貨店の「ステータス」の部分が弱まります。このあたりの流れで象徴的だったのは「そごう」の倒産ですね。実は百貨店協会に加盟していなかった的な意味でそごうって百貨店じゃないとか言われてたりもしたんですけど、外側から見れば紛うことなく百貨店ですから。細かい話ですが伝票も百貨店統一伝票でしたし。さて、こういった流れの中で「百貨店=ステータス」っていうのは崩壊していきました。
 とは言え、東で言えば伊勢丹本店、西で言えば阪急本店、このあたりはステータスが維持されていますし、伊勢丹本店だけの話にすればこのステータスは強化されている節もあります。支店はちょっと…苦笑。JR京都とJR大阪位は維持されてるかな?でもそもそも梅田地区と京都駅エリアはちょっと違うメカニズムな面もあるので一概には言えません。梅田地区での百貨店4店舗の合計での存在感はやはりシンボリックですし、JR京都駅ってのはそもそもJR伊勢丹が入るまではほとんど何もなかった場所なのでJR沿線の購買客が大量流入してもいますから(特に滋賀県あたりからは多い事かと)。
 まあ、その他地方での(店格としての)一番店なんかはやっぱりステータスを持っていますし、逆に言えばステータスを保てない百貨店はそろそろ淘汰が終った感もあるっちゃあります。
 でもこれって、地方の場合は微妙ですけど、基本的に店舗単位でステータスを維持してるっていう状況だと思うんですよ。要するに「百貨店である事」に直接ステータスは紐づかないようになったのだと思います。

 長くなりましたが(いつもの事ですけど)、概ねこういう感じで百貨店は「凋落」していきました。ちょっと整理しておきますと、
①バブル崩壊の段階でメーカー側は百貨店との取引に不満を抱えていた
②百貨店は優待販売等で安売りを行い、自らのステータスに疑問を抱かせた
③大店法緩和により、今まで競合していなかったスーパーマーケットがSCという形で競合となってきた
④百貨店が外せないような強いブランドから順にSCへとブランドが流出し、相対的に百貨店のステータスが低下した
⑤それにより特に衛星都市の支店でメーカー側の利益構造が破綻し始め、そういうメーカーはSCに展開場所を移動していった
⑥その事でさらに百貨店のステータスは低下した上、西武の戦略ミスやそごうの倒産によって「百貨店である」だけではステータスにならなくなった
⑦まあでもそういいながらステータスを保っている百貨店はある。本文では2例しか書いてないが、実際はもっとある。っていうか現時点で残っている百貨店は(ギリギリのところもあるが、概ね)ステータスを保っている。ただしそのステータスは店舗のステータスであって「百貨店だから」という理由でのステータスではない。
 まあこんな感じです。

 さて、ZOZOでデジャヴを感じるのは、①の「メーカーは不満を抱えている」というところと②の安売りってところです。このあたりは本当にそっくりです。あと微妙に⑥かな?百貨店そのものが価格帯を下げていったって意味のところです。
 反対に③の「強い競合」や④の「競合への流出」っていうのは今現在では存在していないと個人的には判断しています。Amazonはちょっと品質管理的な意味で弱そうですし、まあ楽天もそうですかね。ついでに楽天はちょっと(高級)ブランド商品を売るには向いていない作りだと思いますし。
 この辺りは逆に新規参入が待たれるところです。例えばオンワードなんかが本気でプラットフォーム化とか目指したら条件面その他で優位に立てるでしょう。ハードウェア的にもソフトウェア的にも自分の持ち物を使うなり軽く改修するなりで済みますから。
 また、新規参入であればZOZOとは異なるコンセプトのプラットフォームなんかも出てくる可能性がありますね。楽天の仕組みで、もっとアパレルファッション寄りにして、言っちゃえばショッピングモールのインショップ的な構造にしても良いんじゃないかなとか思います。
 ⑤⑥⑦は③④が起きていない現時点では当然発生しませんね。でも今後の指針をつくる際に知っておいても損はないと思ってたりします。

 まあ、概ねこんな感じ?な事を感じています。個人的にはアパレル業界全体が構造を変革しないとって思っていて、この変革の方向性は既存のアパレル内には存在していない(あったらアパレルは立ち直ってる)だろうと思いながら、いろいろな業界やいろいろなお話やらをひたすら、ある意味で無意味なレベルにまでインプットしていたりする日々です。でもその延長線上で中小企業診断士試験に合格できたわけですから、まあ多少は身になっているのかな?とか思いつつ。

 ひたすら長々と書いた上で更にってのは恐縮ではあるんですが、ぶっちゃけ個人的な主観なんですよこれ全部。ですので異論や反論は大歓迎致しますので、ご面倒でなければどうかドンドン書いてやってください。基本的に私が折れる側な気がしてますけどね。っていうか1年後に見直したら自分で突っ込みいれるかも。苦笑。

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松田 剛

世の中のアパレル事情

長い事アパレルで仕事していて感じた事っていうか、まあお仕事のお話。問題叩き潰しがメイン業務だったので、わりと端から端まで並列処理してた日々。 まあ実際のところ、アパレルから離れて数年。昔の事がメインになるかも知れませんが、POSデータ分析、企画・MD ・製造から販売、物流...
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