四十歳

世界の始まりに行動が存在した。あらゆるエネルギーを詰め込んだ行動が存在していたのだ。その行動がはじけ散った後の世界で私たちは行動のかけらの日差しを浴びている。私もまた文章を書くことで行動する。文章は生活であり、労働であり、休息であり、政治である。文章は私の深奥に書かれることもあれば、事務文書として書かれ、作品として書かれ、交響曲として書かれることもある。

若いころ渇望していた愛を手に入れたが、愛は手中におさまるどころか一層謎を増した。抽象的に求められていたものが現に具体化してしまうと、それは極微の具体性のひだを持った難解で逸脱を重ねていくものだった。愛が基盤にあるとしても、そこから可能的に生ずる諸々の事象や感情は、喜びや幸せといった生易しいものではなく、痛みや苦悩、そうでなくとも常駐する不穏さに彩られていた。

子どもが生まれた。子どもは唯一性を備え、一人の人間としての限りない尊厳を備えていた。だが、子どものために費やされる介護労働はきれいごとでは済まない。育児は喜びとともに毒をもたらし、私たち夫婦の心身をむしばんでいった。子どもはブラック企業の社長のようなもので、私たちはやりがいを搾取されブラックな労働を強いられた。それでも折々に訪れる成長の徴がホワイトに私たちを照らすのだった。

私の始まりに行動が存在した。そして行動は私を開始している。私は社会の一員として、夫として親として行動に急き立てられ、思考や理論はあとから追いついてきた。私は気流の変化を敏感に察知しながら、俊敏に休みなく行動し、おびただしく読書しながら文章で行動する。文章とはあるいは気流の変化そのものに記述された私を超えた行動なのかもしれない。

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