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はじまりは今。

4月1日、日曜日。夕刻。
京都駅の新幹線のホームで、そのひとはさめざめと涙を流していた。

東京行きの新幹線が、新大阪から京都へあっという間に滑り込む。

旅の狂騒の名残りを抱えつつ、見るとはなしにぼんやりとホームを眺めていたら、携帯電話を握り締め、泣き腫らして少し先の窓のなかを見つめる女性がいた。私より少し歳上だろうか。

ある種の確信を持ちつつ視線を車内に戻すと、やはり、何列か前の座席脇にトレンチコートに身を包んだ歳若い女性が同じく瞳を真っ赤にして、ハンカチをくしゃくしゃにし、窓の外を食い入るように見つめていた。

就職で上京する娘さんを送り出すのだろう。

その時の涙をふたりは決して忘れないだろうし、空間ごと切り取ったかのように鮮やかに何時迄も心に仕舞われることだろう。笑いあいながら、時にはしんみりとしながら、互いにその瞬間を取り出すのだ。

羨ましすぎて、少し悔しくなってしまうくらいに、温かな切ない、だけどきっと二度と味わえない涙。住まいも仕事も関東圏から飛び出したことのない私には、訪れなかった涙。

次に見かけた時には、しっかり前を見据えて毅然としていたトレンチコートの彼女。

恐らく彼女と私の人生の軌道がリンクすることはないけれど、あの日の京都駅を私は忘れないだろう。

#エッセイ #上京 #就職 #親子 #春

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