原油先物市場の投機と価格下落の背景

原油先物市場に流れ込む資金の30%が実需で、70%が投機資金。以前はこの割合が逆だったんですけどね。投機資金そのものは決して大きくないのですが、原油先物市場が小さい為、簡単に高騰を招くことが可能である。さらに投資ファンドによる価格操作も行われている。

原油先物市場の参加者は「実需家」と「非実需家」に分けられる。「非実需家」は純粋な投機家と見なされ、持ち高が厳しく制限される。
一方、「実需家」は「非実需家」に比べて規制が緩い。
この規制を逃れる為に、「実需家」に目を付けたゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーといった投資銀行が「非実需家」ではなく、「実需家」として活発に取引を行っていたのです。原油貯蔵施設を所有することで「実需家」となり、規制逃れを行ってきました。

投資銀行が大規模な原油貯蔵施設を所有する事は日本人にとっては不思議でしょうが、欧米では、投資銀行だけではなく商業銀行も大きな原油貯蔵施設を保有していました。

つまり、アメリカでは、みずほ銀行や三菱東京UFJ銀行、野村證券のような大手金融機関が大手石油会社を凌ぐ原油貯蔵施設を所有し、現物と先物の原油取引を行ない収益を上げてきた。

これを理解した上で、投資銀行や商業銀行の手口を見ていきましょう。

これまでの原油先物価格の上昇局面では、ゴールドマン・サックス等の投資銀行が発行するレポートが大きく影響しました。
でも、これらの投資銀行のレポートが純粋で中立的な予測ではない。このようにアメリカの原油先物市場では、ほぼ「八百長」に近いことが行われていると思って構いません。

必ずしも原油価格は需給を反映して決まっているわけではなく、投資銀行などの市場参加者による価格操作によって高値誘導や適当なレポートなどによって、高値が維持されていたと言ってもいい。

本当に高値維持がされて来たのか?

原油の有力な代替エネルギーとしてオイルサンドだったが、実際に脚光を浴びたのはシェールオイルであったが、シェールオイルが初めから注目されていたわけではない。
最初はシェールガスの開発が先行したが、シェールガスの登場によって、天然ガス価格が暴落した。天然ガスは貯蔵や運搬が難しく、また余剰の天然ガスを離れた国に輸出するには膨大なコストを掛けて液化(LNG)するしかないことがこの原因である。

開発業者は、天然ガスの開発を止めシェールオイル掘削のリグを大幅に増やした。天然ガスと異なり原油価格は金融機関が絡み比較的安定していたからである。アメリカでのシェールオイル産出量は増えたが、増えているにもかかわらず、2014年の夏まで4年間も原油価格の高い価格が維持されてきた。

シェールガスの登場によってガス価格は暴落したが、シェールオイルが増産されても市場での原油価格の高値が続くといった矛盾した状態が続いた。理由は天然ガス市場が需給を反映しやすいのに対して、原油市場はずっと操作されてきたからです。これまでもずっと供給力が需要を上回っていたのです。
それにもかかわらず、いきなり価格が高騰、そして高値が維持されてきた。石油の需要が短期間のうちに何十パーセントも増えたり減ったりすることはない。それは貯蔵タンク、タンカーに限りがあるからです。
精製設備を増強してもタンクとタンカーがないとどうにもなりません。
このように原油の高値維持がなされてきました。

原油の高値を維持する必要があった。

原油の高値の状況が作れ、維持出来るのなら、投資銀行や商業銀行が、放っておくはずがない。
シェール開発に投資する。開発段階で権益や債権が次々と転売されていく。それでまた、投資銀行や商業銀行は儲かる。

ところが原油価格が需給関係で決まると信じているエコノミストや経済学者がいまだに多い。彼等は今回の原油価格の下落をいつものように需給関係で説明しようとする。中国経済の成長の鈍化とか、ドル高が原因で発展途上国が高金利政策を行ったことによって石油需要が減退したとか妙なことを言っている。

この原油高値が崩れた理由。

それは当局による規制の強化である。リーマンショックで規制強化が持ち上がった。その一つが2010年7月にアメリカで成立した「金融規制改革法(ドット・フランク法)」。

しかし、オバマ大統領はこれでは規制が緩いと判断した。そこで浮上してきたのが元FRB総裁ボルカー氏の進めていた規制強化案、ボルカー・ルールであった。

ウォール街や共和党の一部の抵抗が強く規制強化法案の策定はなかなか進まなかった。いくつかの妥協を重ね、最終規制案のボルカー・ルールが決まったのが2013年12月20日であった。

ボルカー・ルールの骨子は「類似商品への多額投資」「自己勘定部門の売買」「マーケットメーク、引受および関連ヘッジ取引(自己取引でない場合は認める)」の規制である。
これには、規制法案の決定には商品先物委員会、FRB、連邦預金保険機構、通貨監督庁、SECが関わった。特に商品先物委員会は、商品先物市場にボルカー・ルールの独自導入の検討・実施を行った。
「金融規制改革法(ドット・フランク法)」の付随法として13年12月に成立したボルカー・ルールは14年4月に施行された。ただ市場の混乱を避けるため、FRBは適合期間を15年7月21日に定めた。
規制逃れの為に原油貯蔵施設を所有し、原油市場で自由に活動し収益を上げていた大手金融機関にとって、ボルカー・ルールは最後通告。

では、なぜ、ボルカー・ルールという規制が作られたのか、アメリカ大手金融機関が原油市場で一体何をやってきたかが問題になる。

その前に、この原油問題に絡む資源商社の話をしましょう。1970年代から原油などの商品取引で資源国と消費企業を結ぶ役割を果してきた資源商社の存在が大きい。大手10社の売上高は1兆4,000億ドルと2000年代から大きく成長している。

スイスに拠点を置く5社のシェアが大きく、この5社だけで8,800億ドルと全体の64%を占めている。特にビトールとグレンコア・エクストラータの上位2社だけで約40%のシェアを持つ。第3位は主に穀物などの農産物を扱っている有名なアメリカのカーギルであるが、シェアが9.9%と小さくなる。

資源商社の大半がスイスに拠点を置く理由は、税金が安いことと規制が緩いことである。
スイスには大小合わせて約400の資源商社が拠点を置く。資源商社の多くは非上場(オーナー会社)であり実態が不透明である。しかしリスクを取ることに積極的であり、政情不安の資源国や新興国との取引を拡大している。
勤務先も俺の会社も子会社に資源商社はありますが、やはり拠点はスイスです。
このように資源商社は商品市場で極めて大きな存在となっているが、日本ではあまり知られていない。

そしてこの大手資源商社の一社であるマーキュリアは、2014年3月、アメリカ金融大手JPモルガン・チェースから原油現物取引事業を35億ドルで買収することに合意した。現物取引事業といっても実態は主に原油貯蔵施設(原油や貯蔵タンク・パイプライン等)である。

スイスに本拠を置くマーキュリア社は、大手といってもシェア8.1%で上位2社に比べると小さい。2004年に原油トレーダー二人が創業し、ナイジェリアなどで油田権益を取得し急成長した。ナイジェリアは汚職問題が深刻な国で、過激派ボコ・ハラムのテロ活動で注目を集めている。マーキュリア社が原油貯蔵施設を買ったのは地政学によるリスク軽減とアメリカでのシェールオイルの取引を睨んだものであろう。

2014年に入るとアメリカ大手金融機関は、商品取引(主に原油取引)からの撤退を始めた。2014年3月のJPモルガン・チェースの原油貯蔵施設売却はその象徴的な出来事でもある。

またモルガン・スタンレーは12年以降商品(コモディティー)部門の売却を検討し、ゴールドマン・サックスは多くの商品取引現物取引部門を売却。今後は商品デリバティブに注力するという観測が出ていた。これが世間に情報として流したのは2014年7月下旬。
つまり2014年6月~7月は、イスラム国がイラク北部に侵攻し、また首都バクダットに迫ったのが6月で、この時に原油価格は今回のピークを付けた。

この前後は、その後の原油価格を左右する投資銀行、商業銀行の重要な出来事が連続して起っていたのであるが、それを分析できる者が日本にいなかった。どのレポートにも書かれていない。

この頃、シェールオイルでは、相次いで新型リグが生産され始め、採掘技術の進歩と新規参入者の増加もあり、このままでは原油の需給バランスが崩れることが見えていた。
シェールオイルの生産性が今では、2012年の3倍近く向上している。そして貯蔵タンクやタンカーのキャパを考えずに増産を続ける。
つまり原油価格がさらに高くなることはもちろん、100ドル超えといった高値を維持することも客観的に見て困難になったと考えられた。
価格上昇が期待できる事業なら市場に流入する資金も増えるが、規制が始まり、金利上昇が始まれば、原油価格の下がることが確実と見るならばいち早く逃げる方が良い。それならと規制に合わせて、アメリカ投資銀行や商業銀行が、こぞって売りに出した。

規制が始まり、アメリカ大手金融機関が原油などの商品取引から撤退しているが、完全な撤退はない。自己資本の3%まで投資ファンドへの出資が認められているし、他にも抜け道はある。ただこれまでより市場に及す影響力は小さくなる。

原油取引でどのように儲けるのか。

アメリカ大手金融機関の基本的なスタンスは裁定取引(サヤ取りとかアービトラージと呼ばれる)。原油の現物を所有しているのだから、より複雑な取引が可能である。
先物が上がり現物も上がった時に現物を売れば、上がった現物の価格は下がる。現物価格が下がれば次の裁定取引がなされ一旦上がった先物価格は下がることになる。先物をあらかじめ売っておけばこれからも利益が出る。
また先物と現物の価格が理論値より大きく乖離した場合には、反対売買を行って利益が出るのを待つという方法がある。
そして、先物取引と現物取引を複雑に組合せれば、ほぼ確実に利益を上げることができる。さらにブレトンやドバイの先物を使えば組合せは無限となる。

このように価格の変動は大手金融機関の裁定取引によって小さく抑えられることになる。その結果、2014年までの4年間、原油価格が100ドルで高値安定していたのである。
このように原油価格高騰の過程で、原油価格の吊り上げに加担してきた。大手金融機関の力は、石油価格の高値維持により強く発揮した。

その価格安定化のプレーヤーであった大手金融機関が「今が潮時」とうまく撤退したのである。

これが何を意味するのか?

要するに価格を支える者がいなくなったのです。これでは一旦原油価格が下がりはじめれば、下落は止まらなくなる。
金融規制改革法やボルカー・ルールは、金融市場の安定を狙ったものであり、原油市場の安定は眼中にない。そこにFRBのテーパリングが開始され、市場から更なる資金の吸い上げがあり、下落が加速された。

14年6月のイスラム国の侵攻の地政学的リスクで最高値を付け、原油価格はその後下がる一方であった。

でも、地政学的リスクで実際の需給バランスが崩れ、原油価格上昇の本当の要因になるということは現実の世界ではほぼない。

誰かが「地政学的リスク」と騒いで価格を吊り上げ、これが格好の逃げ場となりうまく売り逃げて、最大利益を確保するのである。

原油価格が実需要と実供給だけで決まっていた時代なら、比較的正しく予想も出来たというものである。しかし、市場には仮需や投機マネーの大量流入があり、現実の市場価格の動きは需給を正しく反映していない。
ましてや石油タンクまでも所有し、アメリカ大手金融機関は活発に原油、石油の取引を行ってきたのである。このような状況なのに、いまだに今回の暴落を需給関係だけで説明しようとする日本のエコノミストはね~


大手金融機関の機能と強み

当たり前の話としてまず「膨大な資金力」が挙げられる。
次に「情報収集力」と「情報発信力」が注目される。特に重要だと思っているのは後者の「情報発信力」である。
この他に「抜群の政治力」が考えられるが、これがオバマ政権によって抑えられている。しかしオバマが退陣後には、ボルカー・ルールの緩和などにより市場に復活することを虎視眈々と狙っている。既にその動きもある。

「情報発信力」についてもっと詳しく話をする。大手金融機関は、各種のレポートを発行し市場関係者に多大な影響を及している。市場参加者は、大手金融機関のレポートに沿った取引を行いがちになる。実際、多くのマスコミやエコノミストなどはこのレポートを鵜呑みにした発言を行っている。

アメリカ大手金融機関のレポートは原油だけではなく、債券、為替、株価、さらには他の商品などに及ぶ。

このようにアメリカ大手金融機関の「情報発信力」は侮りがたい。これも市場参加者もアメリカ大手金融機関の情報に沿った取引や運用を行って利益を得てきたことが影響していると考える。もっとも市場参加者がアメリカ大手金融機関の情報が正しいと思っているかどうかは別である。しかしアメリカ大手金融機関の情報が市場をかなり動かしてきたことは事実である。

アメリカ大手金融機関の情報が全く当てにならないということではないが、よく考えてもらいたい。だいたい自分でポジションを持って活発に取引を行っているアメリカ大手金融機関のレポートが全て正しいと考える方がおかしい。要するに判断は、受取る側の「分析力」と「常識」に掛かっているということ。

では他に原油価格の動向や予想を正しく公表している機関があるのかという話になる。以前は、CIA等の情報機関もレポートで石油関連の予測を行っていたが、この予想が非常に難しくなって、適切な情報を出していると思われる機関はほぼ皆無と言って良い。

国際機関として国際エネルギー機関(IEA)がある。国際的に唯一の総合的なエネルギー研究機関として世界中で認知されている。このIEAは、歴史的に原油価格の見通しをずっと大きく外し続けている。肩書だけが立派な機関である。

そもそもIEAをまともに相手にしてきたことが間違いである。まず90年代後半の石油価格の下落を見逃した。次に2012年11月には、100ドル強の価格が2020年にかけて130ドルに向かうといったトンデモない予想をしていた。また2003年以降の価格急騰も金融危機後の急落も見通せず、さらにシェール革命の影響を察知するのも遅れた。

IEAは掘削技術の進歩といった要素を無視したモデルで予想を立てたため、生産能力の拡大を見通せななかった。

石油は枯渇するとの「ピーク・オイル」説を広めていたのもIEAである。この「ピーク・オイル」説が原因で地政学リスクが過大評価する傾向を強めている。

IEAだけでなく国際機関には同じような変な思い込みを持つ観念論者が集る。このことはIMFなど他の国際機関にも言えることである。何回、同じ間違いを犯しても、反省しないのがIEAなど国際機関のスタッフの特徴。

ただこのIEAの片寄った情報を、これまで都合良く利用してきたのがアメリカ大手金融機関である。「原油価格は今後も上昇を続け、150ドルどころか200ドルになる」といったアメリカ大手金融機関のレポートも、権威あるIEAの見通しを利用していた。

アメリカ米大手金融機関にとっては、その場で利用できれば良いのであり、IEAの見通しが本当に正しいかどうかは問題ではない。このIEAの見通しとほとんど実態のない地政学リスクを組み合わせるだけで、相場をかなり操作できる。

この抜群の「情報発信力」を持つアメリカ大手金融機関が原油市場から撤退した。これに代わる情報発信力を持つところが現れるかということになる。しかしこれがなかなか難しいと思う。資源商社も信用されていない。したがって少なくともアメリカ大手金融機関が仕切っていた時代は、ある意味、原油価格が安定していたが、仕切り屋がいなくなった現在は、変動幅が大きくなる可能性も高くなる。

この世界で仕事していて言うのもなんですが、世の中、本当に怖いわ〜(笑)
そりゃ〜格差も広がりますよ!表に出ない情報を持っている人が強いのですから。

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