シェイドウォーカーズ(個人の感想です)


室内には三人。サーモバイザーの熱反応からすると、銃で武装した男が二人、内一人は装甲持ちだ。残る一人は武装していない。巻き込まれた市民だと思いたいが…おそらくはコイツが"魔術師"だろう。

俺は慎重にデジ・ベレッタの残弾を確認する。弾倉にはフルの12発。

パーソナルタブにメッセージが入る。アカシアからだ。
『手順を再確認するね。アルファが三つカウントしたらドアを爆破。マークは左、装甲持ちを。アルファはもう1人を狙って。私は魔術師の詠唱を妨害するから、手の空いた方が素早く魔術師も排除。余力があれば、火精<サラマンダー>に敵の銃を暴発させてもらうけど、期待はしないで。気をつけて、警戒されてる』

俺とアルファは即座に"了解"の返信を返す。
俺が装甲持ちの相手をするのは仕方ない。アルファの専門はハッキングや爆破などの技術支援で、銃の扱いはセカンダリスキルに過ぎない。その点俺の専門技能はもうちょっと…シンプルだ。

アルファが指の動きでカウントを開始する。3.2.1…
KA-BOOOOON!!
ドアに貼り付けられた高機能爆薬が、電磁錠ごとドアを吹き飛ばした。

俺は室内に飛び入ると、装甲野郎の頭を狙う。まず一発。奴のデジ・ヘルメットは謳い文句通り弾丸を弾いたが、衝撃までは吸収しきれない。奴がモタモタとショットガンを構える間に、装甲の隙間に銃弾を叩き込む。

装甲野郎が倒れるのに合わせて、右から一発の銃声が聞こえる。アルファの方に振り向く―奴は倒れて、デジ・ジャケット姿の敵が俺にライフルを向けている―
次の瞬間、俺はデジ・ベレッタを撃ち、奴の頭は吹き飛んだ。同時に、俺の脇腹に熱、一瞬遅れて激痛―マズい、撃たれた―。

アルファには子供がいたはずだ―俺は一瞬浮かんだ感傷にすぐさま蓋をして、デジ・バイザーのサーモビューをオンにしたまま室内を見渡す。今は魔術師の排除が優先だ。俺の脇腹に当たった弾丸は貫通していると祈りながら、魔術師を探す。室内は狭い。大丈夫だ、落ち着け。

次の瞬間、視界一面にメッセージが飛び込んできた。

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WEB接続表計算モードだと?こいつら正気か。俺は怒り狂いながらバイザーを外す。室内は暗く、魔術師を見つけるまでに数秒を無駄にした。(知らないなら教えてやるが、ボロ布を来た年寄りってのは、暗い部屋では見つけづらいんだ)

魔術師を相手にした時の数秒ってのは命取りだ。
家具の影に、奴を見つけた。奴は俺を濁った眼で睨みつけ、呪文を唱え終えて俺に杖を向ける―
こいつはヤバ――い――

俺はデジ・ベレッタを撃ち・・・奴だけが倒れた。俺の心臓は爆発していないし、氷の槍が腹に突き刺さってもいない

室内の安全を確認して、アカシアが駆け寄ってきた。
「アルファの方は・・・ダメそう。ごめん、援護しきれなかった。この部屋、魔素が薄くて火精に声が届かなかったの」
「いや…アンタの詠唱妨害がなかったら、今頃エラい目に遭ってたよ。ありがとう。マジに」
「喋らないで・・・うん、弾は貫通してるね。この位置なら多分内蔵も大丈夫。これ、口に入れて」

アカシアはそう告げると、懐のポーチから飴玉大の薬を取り出した。これは銃弾の微細な破片を加えた砂糖玉だ。銃弾の波動が体の自然治癒力を高めて、銃創への抵抗力を高めてくれる・・・アカシアは一流のドルイド呪師であると同時に、A級のホメオパス(ホメオパシー治療者)でもある。俺はレメディを咥えた。自然治癒力が高まっていくのを感じる・・・・
俺は改めて、彼女に心から礼を言った。
チームに一人は、あの魔法使いども・・・シェイドウォーカーがいないと危なっかしくて仕方ない。

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A.D2018 ネオ・トウキョウシティ

1999年に世界を覆い尽くした大厄波。それからの20年近くに及ぶ復興、闘争、そして復興のループは、従来では考えられないテクノロジーの異常発達をもたらした。
だが、それ以上に世界を変えたのはむしろ人間の精神”そのもの”だ。

大厄波の日、月が割れた瞬間を目撃した人々を中心に、それまで失われていた魔術、呪術、妖術…超自然の精神的な能力に覚醒する人間が大挙として現れたのだ。

都市の住人はおよそ3種類に分けられた。
退廃した過密都市で非暴力的な労働に従事するシチズン

企業連や治安維持省、各種ギルドから依頼される荒事をこなすのが、あとの2種類だ。

ハイテク装備を身に纏い、電子・物理両面でハック&スラッシュを行う、サイバーサーカー

そして、古き神々や魔霊、精霊たちの力を使役する者たち。現代に蘇った魔術者。超自然の遣い手。人は彼らを、シェイドウォーカーズと呼んだ。

A.D2018 ネオ・トウキョウシティ
ここは魔術と見分けのつかない高度な科学と、科学と見分けのつかない高度な魔術が共存する街―

シェイドウォーカーズ

だが、シチズンも、サイバーサーカーも、そしておそらく、シェイドウォーカーズ自身も気づいていないことがあって…

それは…その…彼らの"魔術"や”超自然科学”や”パワー”に効き目は…まったく…あー、いや!プラセーボとしては!えーと…代替医療くらいの効き目は…たぶん…あるんじゃないかな…場合によっては…

シェイドウォーカーズ
(個人の感想です 効果には個人差があります)

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3ヶ月後。俺はレメディによって自然治癒力が高まっていたとはいえ、結局長期入院を余儀なくされ、つい数日前にようやく退院したところだった。金がある奴なら、高位聖職者(ハイ・プリースト)3人がつきっきりで『ありがとう』と唱え続けるというオプションもある。体内中の水分の結晶を綺麗な形に整えて、人間の体本来が持つ治癒力を高めてくれるらしい。

だが、俺みたいな貧乏人にはせいぜい、外科手術で弾丸を摘出して、傷口を消毒して寝ているくらいのことしかできず、結局3ヶ月も病院に閉じ込められるハメになった。

俺たちが仕留めた三人組は、この辺りの賭場を中心的に襲撃していたサイバーサーカー・シェイドウォーカー混成の強盗団で、治安維持省からは無力化ボーナス(生死問わず)、更に十三代目山王会からも殺害ボーナスが重ねて出ていた。

報酬の額は決して悪くなかったが、アカシアと(もちろんアルファとも。奴の口座には俺から送金しておいた。遺族に顔を合わせる気はなかった)山分けして、あとは経費と医療費を引けば、ほとんど赤字に近い。次の仕事が必要だった。

3ヶ月ぶりでも、ギルドは何も変わっていない。
保健衛生省の設置した巨大な垂れ幕には

ギルドに依頼を出す事業主の皆さんへ 弔事・労災見舞引当基金には必ず加入しましょう

と創英角ポップ体でデカデカと書かれており、その下では都合の良い依頼にありつけなかった連中が地べたに座り込んでカップ酒を飲んだり、デジ競馬新聞を読みながら横たわったりしている。賞金稼ぎたちの拠点といえば格好は付くが、要するに日雇い労働者たちへの斡旋場だ。

その日の職にあぶれるのは大体サイバーサ―カーの方だ。シェイドウォーカーズの能力・・例えば幻視、予知、回復、呪い・・・それらは希少で、替えが効かないことも多い。その点俺たちは・・・ドアを開けたり・・・マイコンをカタカタしたり・・・銃を撃ったり・・人を殴ったり・・・つまり、技能に替えが効く。

俺は職にあぶれることは滅多に無い。腕っこきだから?違う。顔が良くて若いから?違う。特殊技能があるから?違う。単純に13番窓口のカトウと、幼馴染だけって理由だ。

13番窓口、カトウは俺の顔を見ると人懐っこい笑みを浮かべ、カウンターの奥、手元の書類の山(山というよりも、もはや塔に近い)を漁りだした。
「よう!怪我はもういいのか?」
「おかげさまで文無しだよ。良いネタ残しといてくれてんだろ、兄弟?」
「あー、"楽でオイシイ"ってのは今ないんだが…"稼げる"なら一つあるぞ」
カトウは山から書類のセットをひと束抜き出すと、俺に差し出した。

ギルドの依頼書の様式はどれも同じで、表紙の一番目立つところには依頼番号(これがないと職員が困る)、次に目立つところには賞金額(これがないと俺たちが困る)、誰も読まない項目、例えば敵が何人いるかとか・・・どんな銃で武装しているとか、放射能汚染リスクがあるとか・・・人質はできれば助けろとか、そういうのは後の方に小さく書いてある。

俺は書類に目を通す。治安維持局からの依頼で、メイン標的の排除が500万クレジット(前金で100万!?)と、”ボーナス目標”で標的の取り巻き一人につき30万クレジット。
悪くない。俺はページをめくり、標的の名前を確認する。“腐敗した王子”ツネオ・オクザキ。オイ、冗談だろ。

「オイ、冗談だろ。言ったろ、”クゥトルフ”絡みは引き受けない。無しだ。マジで。これは無理だ」
“腐敗した王子”ツネオ・オクザキ、俺はパーソタブのニュースフィードを検索する。
『“腐敗した王子”ツネオ・オクザキ 護送中に脱獄』
『護送者襲撃犯は高度に訓練された一団 ツネオ・オクザキの信奉者か』
『闘争したオクザキはヨグ・ソトース信奉の過激派 識者はヨグ・ソトースの顕現リスクを指摘
ろくでもない見出しが並び、俺は中身を読む気力も失せてフィードを閉じた。

“人造神クトゥルフ”・・元々はラブクラフトとかいう大昔の迷惑なホラー作家によるただのフィクションだった。

だが、厄介なことにこの作品に出てくる邪悪な神々共には体系があり、神話があった。そして更に困ったことに、世界中のバカどもがこの作品を読んで・・・真に受けたり、真に受けたフリをしたり、二次創作や三次創作にも使いまくったことで、フィクションの化物どもが『神格』を持つに至った。

そして大厄波以降、本来の神々や精霊、魔神たちがその力を取り戻すドサクサに紛れて、こうしたフィクションの神々もついでに、マジの神々に近しい存在になりやがった。今となっては、南の島とかの誰も知らない神よりも遥かに強大な存在だ。

そして、最悪なのが、こいつらは元々ホラー作品の悪役ってことだ。要するに神も崇拝者も儀式も片っ端から邪悪で、不潔で、おぞましく、とにかくクソ最悪だ。

俺は一度こいつらに関わって、それはそれは酷い目に合った。人造神なんて崇めるクソどもの中でこいつらより最悪なのは、せいぜいサーキック・カルトくらいのものだろう。

「いいか?金の問題じゃない。前回連中に関わった時に俺がどんな目に合ったか、お前にも話しただろ。とにかく、”古きもの”だか”深きもの”だか、その辺に関わる依頼は、ノーだ」
俺はカトウの机に無理やり手を伸ばし、他の依頼書を奪い取った。

『武装強盗団殲滅 15人全員殺害時に限り報酬20万クレジットを支払』
『呪殺(A級以上シェイドウォーカーのみ対象)』
『聖歌演奏技能者求む(当方ボーカル)』
なるほど、ロクな仕事がない。カップ酒も飲みたくなるってもんだ
とりあえず今日は帰って、もう少しマシな依頼を待つか・・・
その時、俺のパーソタブにメッセージが入った。

<重要>入居者の皆さまへ!
ハイツ世界樹入居者の皆さま 管理会社のビッガネットです。
この度、入居者の皆さまの安全と健康に配慮し、マンションの水道設備に最新式の電磁式浄水器を導入することに決定いたしました。これは、太陽光発電による”きれいな電気”を用いた電磁石にトルマリンの波動エネルギーを干渉させることで、水の中の有害物質だけを吸着・除去し、水の結晶の形を整える画期的な新浄水システムです。つきまして、本システムの導入に伴い、今月末支払い分より、家賃が従来の6万クレジット/月から30万クレジット/月に増額改定となります。今回の規約改定に同意いただけない方は、3日以内に退居することが可能です(自己都合退居になるため、日割り家賃は返金されません)』

オイ、オイ、オイ。確かに浄水器の設置には大賛成したが、賃料が5倍だと?俺のケツには突然火が付いた。最近じゃあ引っ越し代も馬鹿みたいに高騰してて、今追い出されたら次の引っ越し先を見つける前にホームレスになって、区の武装清掃局に始末されるのがオチだ。

俺はさっきの依頼書をもう一度見返す。メイン標的の排除が500万クレジット、”ボーナス目標”で標的の取り巻き一人につき30万クレジット。3人パーティで山分けしても、一人200万は下らないだろう・・・ 
「金の問題じゃないんじゃなかったか?」
「たった今、金の問題になった」

カトウから書類を受け取り、パーソタブからミッション受託の申請を登録する。

同時に、オクザキの個人情報がパーソタブにダウンロードされる。俺は動画ファイルの一つを選びアクセスする。画質が荒い。今から10年は前の動画だろう。画面の中では写真よりもずっと若々しいオクザキが熱っぽく人々に語りかけている。二十歳そこそこの、知的でハンサムな男だ。

『皆さん、聞いてください。我々人類が汚した環境は、我々自身の手で元に戻す必要があります。私の手にあるこれは、EM菌といって、自然界にいる人にも環境にもやさしい善玉菌の集合体です。これらの善玉菌を絶妙な比率でブレンドし、相乗効果を生み出したのがEMという共生関係です。EM菌が在来の微生物のバランスを改善することによって改善生態系の「自己浄化」の働きを強めるからなのです』

せめてこのビデオの活動を続けていたら、今頃は立派な環境保護活動家として活躍できていただろうに。俺もEM菌を使った環境保護ボランティアには社会奉仕活動(禁固3ヶ月の代わりだ)で参加したことがある

俺は奴の経歴に目を通す。裕福な家庭に産まれ、京都の大学に進学。サークル活動を通じて環境保護活動への関わりを深め、特にEM運動に没頭するが、活動が上手く行かないことに失望。大学を中退。

次の動画を再生する。

怪しげな祭壇を背景に、奴が視聴者に語りかけるビデオだ。

『どうして日本ではアレだけ無節操に宗教のつまみ食いをしているのに、邪神崇拝にはこんなに無関心なんだい?』海外の友人と食事していた時、彼の一言にハッとさせられました。そして帰宅してからニュースを観て愕然とし、動悸と涙が止まらなくなりました・・・海外ではこれほど普及している邪神崇拝が広まらないのは日本社会の閉鎖性の象徴だと思います。『私は関係ない』そう思っていませんか?そうした無関心も、邪神崇拝する人たちを傷付ける、加害性に他ならないのです。この動画を観て一人でも、自分自身の行いについて考え直してもらえると良いと思います。

マジでどうしようもない野郎だ。

大学中退後は、東欧を中心に広がりを見せていたヨグ・ソトース崇拝に傾倒・・・それからはニュースフィードの通り、違法薬物による洗脳、カルト儀式の生贄にするため拉致した市民の殺害、公的機関へのテロ行為・・・一昨年の土建省ビルへの爆破テロでは子供を含めて53人が死亡した。

まあ、小銭目当てでブチ殺す相手にしちゃあ、気が咎めないタイプの奴だ。

殺す相手が決まったら、次は仲間選びだ。恒久的なクランを組んでいる連中もいるが、俺を含めて大半はその都度仲間を選びなおす。付き合いが長くなれば信用できるなんて楽天的な奴は少数派だ。

俺はパーソタブのマッチングプログラムを起動する、これはサイバーサーカー、シェイドウォーカー問わず、入力した個人情報からその時最適なパートナーを自動推薦してくれる優れものだ。

俺は自分の情報を入力する。血液型・・・星座・・・干支・・・そうした個人情報に合わせて、人工知能が今週のラッキーカラーや血液型の相性も考慮してくれる。おかげでB型と当たることは稀だ。

最有力候補で挙がってきたのは二人、シェイドウォーカーの”アカシア”と、サイバーサーカーの”トラヴィス”と。アカシアとは前回も組んだ。優れたドルイド呪師で、霊的防御や、運命操作による対象の呪殺が得意な腕利きだった。

マッチングプログラムの癖、というよりもともと相性がいい組み合わせなんだろう。彼女はやたらと推奨パートナーに挙がってくるし、俺からの誘いを彼女が断ったことはなかった。一部の馬鹿には俺とアカシアを指して”相思相愛”と茶化すやつもいるが・・・正直、悪い気はしなかった。 

もう一人のトラヴィスと組んだことは無いが、優れたドライバーともっぱらの評判だ。

どちらも今回の任務向けだ。俺は二人のアイコンをクリックし、依頼の概要を添付してチームメイト申請を送った。 程なく・・・ふたりともから『承認』の返信が来た。

俺はすぐにパーソタブのプライベートチャットをオープンし、その場で簡単なブリーフィングと役割分担を行った。
トラヴィスは車両の調達と突入・脱出時のドライバー。
アカシアは敵の霊的攻撃からの防御と、カウンターでの呪詛返し
俺は敵の居場所の特定と、突入時のメインアタッカー。

トラヴィスとの合流は決行タイミングとしたが、俺とアカシアは一足先に合流することとなった。敵の所在地の捜索は、こちらの動きを察知された場合にタタリ・アタックを受けるリスクが高く、アカシアのようなシェイドウォーカーによる霊的防御が必要だった。

ギルトの入り口でアカシアと合流する。彼女も丁度ギルドに来ていたところで、合流はすぐだった。彼女はいつもと同じように、小柄で華奢な躰を薄紫のローブでつつみ、ニガヨモギと鹿の角で作られたアクセサリを頭に被せている。栗色の髪の間から、少し広い額がのぞく。おそらくこれが、ドルイド呪師としての彼女の正装なのだろう。年齢は俺と同じくらいか、少し若い。

「久しぶり、もう身体はいいの?」
「退院したてだよ、正直まだ寝てたいけど・・・金が尽きた。そっちは?」
「んー、私はそこまで切羽詰ってないけど・・・美味しそうな案件だし、それにマークとの依頼は相性いいからね、できるだけ受けるようにしてるの」

俺は少し動揺した表情を悟られないように視線を逸らしながら、仕事の話に入る
「あー、それより・・・依頼を受けたはいいんだが、奴の居場所は検討もつかない。うだうだ探してもしょうがないから、さっさと奴に頼ろう」
「OK!」

“全てを見通す者”マーリンの店はギルドから二ブロック離れた雑居ビルの3階にある。
鍵のかかっていないドアを開け、待合室に入る。

マーリンの店は繁盛していない。それは彼の占いが当てにならない訳ではない。その逆だ。彼の占いは的確で、そしてクソ高い。逆に言えば値段の高さが彼の占いの信頼性の証拠だ。適当な占い一回で20万クレジットも取る奴がいるか
『マークさん、随分とお久しぶりですね』待合室に設置されたスピーカーから、彼の低く、落ち着いた声が響く。『失礼ながら、お連れの女性はここでお待ち願えますか。私の卜(ぼく)と女性は干渉してしまい、視える図が歪んでしまう故に。ドルイドとあれば尚更
アカシアは俺と目を合わせ、頷く。

俺は一人で、ドアを潜る。薄暗い部屋の奥にマーリンがいた。奴の姿は薄いベールに纏って影しか見えない。髭面の老人だ、まだ若く20代前半のスキンヘッドの僧侶だ、筋骨隆々の黒人だ、シルエットはブラフで本当は脳髄が培養液に浮かんでいるだけだ・・マーリンの正体は誰も知らない。ただ、凄腕で、クソ高い占い師というだけだ。

俺はマーリンにオクザキの名と特徴を告げ、奴の居場所を聞いた。ベールの向こうから何かジャラジャラという音とマーリンが呟く怪しげな呪文が響く・・・やがて

卜が出ました。彼の者は艮(うしとら)・・・ここより北東・・そう遠くないところにいます。見えます。青く高い建物の中でおぞましい瘴気が立ち上るのが・・・

ここから北東の青いビル。間違いない、ネオ足立区にある旧帝銀証券ビルだ。今では犯罪者と浮浪者の巣窟になっているサイバーダンジョン、奴が潜伏するにはうってつけだ。

俺はマーリンへの支払いを済ませ、アカシアに待たせた詫びを言い、二人でネオ足立区に向かう。俺のデジ・プリウスの助手席に彼女を乗せながらも、会話は弾まなかった。

お互いに考えていることは同じだからだ。旧帝銀証券ビルに潜伏されているなら、これは相当厄介だ。

あの49階建ての廃墟ビルには浮浪者の集合住居、犯罪者の潜伏スラム、マフィアの裏事務所、バイオ野犬の巣までなんでもござれだ。1フロアずつ探索するだけでも極めて危険だし、迂闊に無関係の相手と銃撃戦なんてしようものなら、肝心の標的に『警戒される』程度ならよっぽどマシで、さっさと逃亡されるのがオチだ。

浮浪者を雇って中を探らせるのが安全策だが、時間がかかる上に極めて不確実だ。俺もトラヴィスもステルスは専門外だし、アカシアは認知妨害呪文は使えたっけ・・・?マイクロドローンでもいいが、あれはクソ高い・・・

その時、トラヴィスからのメールがデジ・バイザーに表示された。
「何やってんだよ、お前ら!?俺のツレが連中をネオ中目黒で見つけたぞ、アジトまで確認済みだ。これは報酬の取り分に乗せてもらうぞ」

添付されたムービーファイルには確かに、アル=バクールと奴の従者たちが廃工場に入って行くところがしっかりと記録されている。 ネオ中目黒!?マーリンの占いとまるで正反対じゃないか。これが意味する所は・・・間違いない。敵の霊的防御が、あのマーリンの力を上回っている・・・それしか考えられない。相当な難敵だ。マズいぜ、これは。

俺は車をUターンさせ、ネオ中目黒に向かう。マーリンの占いが反転されたなら、俺たちが奴らを探っていることもバレている可能性が高い。悠長に構えていると、向こうから攻撃させる恐れがある、仕方ない。準備万全とは言い難いが、速攻でケリをつけるしかない。

俺はウォルマート秋葉原店をトラヴィスとの合流先に打ち合わせると、そこの護身用品店コーナーで手っ取り早く装備を揃えることにした。本当は自宅に戻って、使い慣れた装備を回収したいところだが、奴らに遠隔視されている状況で自宅のパスコードロックを開けるのはまっぴらごめんだ。

デジ・ベレッタを手持ちに加えてもう一丁、デジ・ドラグノフを一丁、デジ・M4を一丁、デジ・M67グレネードを二つ。弾丸をたっぷり。おまけにとデジ・ケブラー防弾ジャケットと、デジ・アサルトヘルメット。防具は奮発して、どちらも地精<ノーム>による防御力加護のエンチャントがされているものを選んだ。脇腹にクソ弾丸を打ち込まれるのはもうゴメンだ。まして連中の弾だ、絶対ヤバイ呪いがかかってるに決まってる。

俺はハリネズミみたいに武装して、連中のアジトに向かう…ショウタイムだ…。
アカシアが裾を引っ張る。おい、今は”スローモーションでゆっくり歩くシーン”だぞ・・・おっと。

「すみません、こちらのボタンを押してくださーい」

『犯罪歴はありませんか?
Do you have a criminal record
你有犯罪記錄嗎?
<はい、私は犯罪歴がありません>』

「あ、Suicaでお願いします、Tポイントカードは…すぐ出てこないんで良いです、あ、ちょっと待って、出てきた、出てきた」

 俺は支払いを済ませ、店舗からゆっくりと足を踏み出す…ショウ…タイム…だ…ああ、クソッ

 「何やってんだよ、お前ら?」頭を抱える俺に、トラヴィスが呆れた様子で声をかけた。実物のトラヴィスは写真よりずっとゴツい。まるでNFLのスター選手だ。こいつが戦った方が早いんじゃないか?

 「アー、アンタが、トラヴィスか?アカシアと、マークだ、よろしく」
 「おー、アカシア!テクノ人民寺院の時以来か?また組めて嬉しいぜ」
トラヴィスはアカシアにハグする。体格差はまるで親子だ。

「何だ、知り合いかよアンタら。初耳だぞ」
「言ってないからね」ハグされたままのアカシアが無愛想に返す。俺は軽い疎外感を覚え、少しだけ機嫌が悪くなる。

「トラヴィス、こっちはマーク。マーク、こっちはトラヴィス。お互い、評判以上に腕はいいから安心して」
「よろしく、マーク。トラヴィスだ。アー、いきなりの無礼な質問で悪いがアンタ、ヘマして入院してたって噂が流れてるが、大丈夫か?今回の相手はヤバそうだぞ?」
「トラヴィス、彼は撃つのは凄腕だけど、撃たれるのは下手なのよ」
俺が気の利いた返しを考えている間に、アカシアに先を越された。
「そういうことだ、世間話は気が済んだか?さっさと殺しの時間にしよう」“タイミングを逃した間抜けな返事”か、”無愛想なクールガイ”しか選択肢がなくなった俺は、仕方なく後者を選択した。すぐにもメッキが剥がれる癖に。

俺がクランに入らないのもこれが理由だ。アカシアはニヤニヤと俺を見ていた。なんだこのモヤモヤとした気分は。

俺たちはトラヴィスの調達したデジ・4WDに乗り込み、ネオ・中目黒に向かう。道中で打ち合わせを行う。といっても、今回はまともに下見をする時間も装備を整える時間もなかったから、どうしようもなくシンプルだ。

トラヴィスの運転で、連中の忍び込んだ廃工場アジトに接近。オクザキを直接狙撃できそうなスポットがあればベストだが、期待は出来ない。その場合は、俺とアカシアが廃工場に侵入し、スニークで奴の護衛を排除しながら中心部に接近。オクザキだけを最優先で排除。奴を仕留めたら、トラヴィスの運転で一目散だ。手下は『殺れれば儲けもん』程度の優先度だ。

アカシアは知覚妨害結界を張って俺のステルスの補助と、場合によっては火精や風精を召喚して戦闘支援。ダメ元で、オクザキの直接呪殺を狙ってもらうが・・・奴ほどの相手にそれが通る可能性はほぼゼロだろう。あー…最高の計画だな、ダメな気がしてきた。

住宅がポツポツと減り、代わりに廃墟の割合が増えていく。ネオ・中目黒は事実上廃棄された地区だ。目的の廃工場が近づいてきた。周りに人気はないが油断は禁物だ。どこに浮浪者や盗賊の類が潜んでいるかもわからない。長居しないに越したことはない地域だ。

俺はデジ・バイザーのズームをオンにして状況を探る。窓やシャッターは全て締め切られ、中の様子は伺えない。狙撃は困難だ、いや、初めから期待してなかったけどさ。

俺はほどほどの距離でデジ・4WDから降りると、俺とアカシアのGPSソナータグをトラヴィスに渡した。これで奴のナビに俺たちの現在位置が表示される。俺たちがカルト・マニアックどもの大群に撃ちまくられながら、合流地点と正反対の窓から飛び出しても奴が俺たちをピックアップできるって寸法だ。

気休めにカバーの体制を取りながら、廃工場の門まで近づく。敷地はコンクリートブロックの塀で囲まれている。

『㈲大倉タオル 中目工場』と書かれたボロボロの表札が辛うじてぶら下がっている。サビだらけの外観をした工場は近づいて見ると思ったより広い。ちょっとした小学校くらいの面積はあるだろうか。

正門から入るのは流石に不用心すぎるが、敷地を取り囲む塀は意外と高い。
「アカシア、登れそうか?」
「この高さじゃマークに手伝って貰ってもキツいかもね・・・足挫いちゃう」
「だろーな」俺は内心ホッとする。この高さじゃ俺でもキツい。

それよりも・・・俺は塀の周囲を注意深く探す。ビンゴ。門から死角になる位置の塀、足元に人一人通れる程度の隙間がある。だいたいこうした所だと、浮浪者が忍び込むための裏道がある。

俺とアカシアは敷地に入り、そのまま従業員用の通用口から工場の建屋に入る。サーモバイザーをオンにして、慎重に中の様子を探る。サーモバイザー・プログラムは高い。とにかくクソ高い。だから誰も買ってない。(ちなみに海賊版のプロテクトがイカしてて、熱感知を”時々”しなくなる。海賊版を使うアホは大体このおかげで、敵で山盛りの部屋に油断して飛び込み、死ぬ)俺が賞金稼ぎをやれているたった一つの理由は、思い切ってこれに金を払ってるからだが、儲けは大体コレで吹っ飛ぶ。だから徹底的に活用する(シェアウェア期間もちゃんと更新した)。連中が同じ考えでないといいが。

作業場には誰の気配もない。工業機械を抜けて、中腰でゆっくりと進む。トイレに熱反応。男。一人。170cm。ドアは開け放しだ。俺はアカシアをその場に待たせ、男に忍び寄る。全くの無警戒で小便している男がこちらを向いた瞬間、奴の顔面をデジ・メリケンサックで殴る。次の瞬間、高圧電流が流れ、奴は気を失い、崩れ落ち、俺のズボンに奴の小便がかかり、俺の気分がドン底へと落ち込む。最高だ、いつもの調子だな、凄腕マーク。

俺は奴の貧相なブツをしまうと、アカシアを呼んで奴を物色する。動きやすそうな青ジャージに、肩から掛けたデジ・AK47。頭には目出し帽。典型的なモダン・テロリスト様式だが、首にある異様な文様の入れ墨が、奴らがクトゥルフ・カルトであることを示している。銃だけは立派だが、それ以外の装備は大したことはない。ここまでにいたのが、無警戒のコイツ一人ってことは案外、連中はこちらの動きを掴んでいないのかもしれない。

「こいつどうするの、縛って転がしとく?」
「いや」
俺は奴の首を捻る。脚がビクリと一瞬痙攣し、そのまま動かなくなる。
「ウェー、すぐそうするの、良くないと思うよ。”生死問わず”なんでしょ?」
「そう思って生かしておいた相手に尻を撃たれたことの無い奴の発言だな」
俺は自分の尻をさすりながらアカシアの茶々に返す。

目出し帽を剥がし、パーソタブで奴の顔写真を取る。賞金申請の面倒臭さが顔の判別できる写真一枚でだいぶ変わってくるからだ。 
パーソタブにトラヴィスからのメッセージが届いていた。
『順調か?ちょっと調べてみたが、この近辺で、ここ数日間で複数の捜索願が出されてる。まだ生きてたら、要救助者ボーナスが出るかも知れないから注意して捜索してくれ』
数日か。期待薄だな。

それから事務所で一人、工場室で二人(こいつらはファックしていた)を始末し、奥へと進む。アカシアの認知妨害のサポートもあって、あっさりと4人をサイレントキル。順調だ。

どうやら、マジで俺たちの存在は警戒されていないらしい。少しだけ気が緩むのを自覚し、俺は脇腹の銃創を撫でて気を引き締める。ついでに尻の銃創も。

その時、サーモバイザーが大量の熱源を感知する。場所は大食堂のようだ。人数は・・・不明。サーモバイザーが馬鹿になっている。人が多すぎるってだけじゃない、奴ら、焚き火か何か・・・とにかくクソ熱いものを燃やしてやがる。いやな予感がしてきた。

俺たちは廊下に座り込み、中の様子に耳をすませる。低く、重い声での呪術チャント。少なくとも二十人はいるか。モブ・チャントを切り裂いて、一際高く、熱っぽい声でのチャントが廊下まで響いてきた。これがオクザキの声だろう。

そして、女の悲鳴。

それも「絹を裂くような」とか「甲高い」とかじゃない。グランドピアノを無理やり引きずったような、割れた、不快な絶叫。これは、人間が苦しんで死ぬときの声だ。

アカシアを見る。彼女の表情も強張っている。窓にパーソタブのカメラをかざすと、目の前のバイザーに中の様子が写る。食堂の椅子や机は乱雑に押しのけられ、40人ほどのカルトども、(全員がこれまでと同じジャージで武装している)が円の配置をとっている。

食堂の床や壁には、歪に歪んだ五芒星が何らかの赤い液体で無秩序に描かれ、冒涜的な雰囲気を高めている。円の中心には、『何かわからないが赤くてグチャグチャしたもの』が人の身長ほども積まれ、おぞましい祭壇を形成している。何かは考えたくない。

そして、そこに突き刺された木の杭に、女が縛りつけられ・・・全身を炎に包まれながら激しく身を捩っている。悲鳴はもう聞こえなくなったが、体はまだ凄まじい勢いで暴れている。クソ、嫌なものを見た。

アカシアが震えていた。俺は彼女に声をかける。
「普通に生きててあんな殺され方をする奴は、見たくないな」
「違うの」
「何がだ」
「あの人が殺されてるのが怖いんじゃないの。あいつら・・・何かおそろしいことをしてるの。人を焼くのはただの触媒。なにか、とてもおそろしいことをしている」

識者はヨグ・ソトースの顕現リスクを指摘
ギルドで見たニュースフィードの見出しが浮かぶ。

俺は我慢できず、窓からそっと頭を出し、中の様子を肉眼で見る。連中は儀式に没頭していて俺に気づく様子はない。異様な事態が起きていることが、ひと目で俺にもわかった。もう動かなくなった女の横で、一人だけ白いローブを纏った男(おそらくオクザキ)が一心不乱に両腕を動かしている。肉眼では何の異常現象も起きていないが、この部屋の空気はおかしい。何か異様な瘴気のようなものを俺にすら感じる。こいつはヤバイ。

ヨグ=ソトースだと?どんな神格か知らんが、多分触手の先っぽでも顕現したら東日本が軽く吹っ飛ぶような奴だろ。クソ、こんなミッション、俺たちじゃなくて怪特省とかの仕事だろ。

「アカシア、予定変更だ。状況がヤバすぎる。まず儀式ごと吹っ飛ばす、いいか?」
「うん、賛成… マーク、さっき手榴弾買ってたよね?」
俺は腰の武器ベルトからデジ・M67グレネードを二つ取り出す。連中が儀式に夢中で一箇所に固まってる。おあつらえ向きなシチュエーションだ。

「アカシア、サポートできるか?火精で奴らの銃を暴発させるとか、風精で奴らの首を切るとか・・・」
「待って・・・ごめん、無理。この部屋の一帯、魔素がおかしな歪み方してる・・わたしの魔力が効かない」
「OK。物陰で伏せてろ」

アカシアが少し離れたところでカバーを取ったのを確認し、俺は一度だけ深呼吸した。

ここからは鉄火場だ。

デジ・M67グレネードを奴らの輪の真ん中目掛けて、開いた窓から投げ入れる。

KA-BOOOM!
『ウギャーッ!』

デジ・グレネードの盛大な爆発と共に、カルトゴア祭壇もろともモブ・カルティストが10人は吹き飛ぶ。俺は間髪入れずにもう一発を投げ込む。

KA-BOOOM!
『ウギャーッ!』

連中が体勢を立て直す前に二発目が爆発し、モブ・カルティストが更に15人は吹き飛ぶ。キルストリーク! 

俺は窓を飛び越え、デジ・M4を撃ちまくる。(流石にこの状況で二丁拳銃をやるほど馬鹿じゃない)サーモバイザーと、照準補助クロスヘアサポートで、煙まみれの部屋の中でも狙いはつけやすい。

BRATATATATA!
身を寄せ合って支え合っていたモブカルティスト3人を纏めて撃ち殺す。奴らが気を取り直すまでが勝負だ。

「いあ、いあ!」
BRATATATATA!
モブ・カルティストがデジ・AKを乱射する。
「ウギャーッ!」
当然、味方に当たる。俺はAK乱射カルトをヘッドショットすると、食堂端の机にカバーを取る。

その時、
「いあ!いあ!くとぅるふ ふたぐん!」死角にいたモブ・カルティストが俺を押し倒す。
「このッ…!」俺は抵抗するが、不意を取られた。奴のゴツい手が俺の首を締める。
クソッ、意識が…!俺は手をバタつかせると、硬い棒状の何かに触れる。
「ファック・ユー!」俺はとっさに手にしたデジ・バールを奴の首筋に突き刺した。
奴は崩れ落ち、俺は咳き込みながら体勢を整える。クソ、煙が晴れる・・・
オクザキは最初の爆発でくたばってくれたか・・

いや。

晴れかけた煙の向こうから、ゆっくりと奴が歩いてくる。
爆発でボロボロになったローブが剥がれ落ちると、外骨格動力装甲に包まれた奴の全身が顕になった。見たことがない型式だ。多分最新型とか、場合によっては企業から非合法テスト提供されたプロトタイプとか、そんなところだ。

奴にデジ・M4を撃つ。完璧に奴の心臓を捉えたはずの銃弾は、あっけなく弾き返された。クソ、聞いてないぞ。モブ・カルティストも10人は残ってる。分が悪い。

テーブルや柱の影から出ない様に這いつくばりながら食堂の出口を目指す。
デジ・AKの弾丸が頭の直ぐ側に着弾する。体がこわばる。
「アカシア、逃げるぞ!」
俺は叫び、全力で駆け出した。工場の中は入り組んでいて、走りながら死角に入った方が撃たれづらい。

作業場の半ばに達したところで、奴らがズラズラと作業場に入ってくる。俺はアカシアを抱き上げ工作機械の影に飛び込むと、作業場内に違法放置されていた赤いドラム缶を撃つ。

KA-BOOOM!
『ウギャーッ!』

ドラム缶は爆発炎上し、近くのモブ・カルティストが5人は吹っ飛んだ。俺たちは爆発に乗じて、走り、工場建屋の外に飛び出す。奴らがやたらめったらに撃ってくるが、狙いはめちゃくちゃだ。トラヴィスの運転するデジ・4WDが敷地の中まで侵入し、俺たちを待っていてくれた。

「ヤバイ、追われてる!」アカシアと俺はデジ・4WDの後部座席に滑り込む
「何やってんだよ、お前ら!?こっちが賞金首に追われてどうするんだよ?」トラヴィスがアクセルを踏み込む。
「逃げながら殺すんだよ!」俺はデジ・M4をリロードし、窓から身を乗り出し、構えた。奴ら、儀式を邪魔されて怒り狂ってやがる。一目散に逃げられるよりはよっぽど良い。
 
トラヴィスは荒っぽくハンドルを切り、工場の敷地から脱出する。
工場内の車庫から、シャッターを突き破って奴らのデジ・バン3台が追いかけてくる。

小道を抜けて、広い国道に出る。奴らも数秒と間をおかずに国道に合流する。過疎区域だが、流石に基幹国道となれば多少の交通量がある、だが、俺たちも連中もアクセルを目一杯踏み込んだ全速力だ。奴らの車がみるみるうちに近づいてくる。

「マーク!運転手を撃ってくれ!連中、速いぞ!」
「もうやってる!」俺はバースト射撃しながら、トラヴィスに怒鳴り返す。クソ、マジで奴ら速いぞ。

デジ・バンの一台が俺たちのデジ・4WDに横付けになる。奴らの車体、中央に渦巻き模様の大きなステッカーが貼られている。なんてこった。あのステッカーは貼るだけで素粒子の作用で車体の物質を活性化し、物質が持っている最大限の能力を発揮して、燃費・ハンドリング・車体の剛性まで改善するって噂のステッカーじゃないか。(オーディオの音質まで良くなるらしい)。奴らゴリゴリにチューンしてやがる。

「いあ!いあ!くとぅるふ ふたぐん!」
助手席からモブ・カルティストがデジ・AKを乱射し、デジ・4WDの車体に命中する。

銃撃の隙間を塗って撃ち返す!ヘッドショット!運転モブカルトの頭が爆ぜ、車は全力疾走のまま横転爆発、追いかけてきたもう一台も巻き込み横転大爆発を背後で起こす。

「あと一台!」アカシアが叫ぶ。俺は窓から身を乗り出し、追いすがる最後の一台を見る。助手席のオクザキと目が合った。奴も銃を構え、俺たちを狙っていた。銃声。タイヤが爆ぜる音。傾く車体。

次の瞬間、俺の体はふわりと浮き、視界が超スローになる。デジ・4WDは全速力の勢いのまま横転し、俺は窓から投げ出される。
不思議と冷静な気持ちのまま、様々な思考が断片的にうかんでは消える。

マンションの浄水器のこと、昔買っていた犬のこと、大厄波の日、魔術師…  


だ、
魔術師―、あいつらの魔法って本当に効果はあるのか?なんとなく当然のように皆信じてるだけで、真面目にあいつらの”魔力”に効き目あるのか、誰かちゃんと実験とかして確かめてみたのかアカシアの魔法が俺の眼の前で敵をぶち殺したこと、いままで一度でもあったか?ひょっとして、誰もが自分自身すら騙してるせいで、俺たちはとんでもなく大間抜けな世界で暮らしてるんじゃ――
衝撃、激痛。ゆっくりだった時間は一気に加速し、俺の眼の前は真っ暗になった。

『マーク!』
バイザー越しにアカシアの声が聞こえてくる。何かとても―とても大事なことをさっき考えていた気がするが、まったく思い出せなかった。二人はどこだ?

俺は起き上がろうと手をつき、激痛に呻く。肋骨が折れてるか。交差点のど真ん中。地面に叩きつけられたらしい。デジ・M4はどこかに飛んでいった。俺は再び横たわり、そして絶望する。

オクザキがゆっくりと歩いてきていた。どうみても”超マジ”の上に、”本気で”がくっついている怒りの表情だ。

奴はここまでたどり着くと、動力装甲外骨格の力で俺を軽々と左手だけで持ち上げる。 

「ハッと!させられました!」
オクザキの拳が俺の腹にめり込み、俺は怯えた子豚みたいなのような悲鳴をあげる。一撃で俺の内臓が破裂していないのは、奴が俺を痛めつけたいからってだけだ。

「世の中には!邪神を顕現させようと頑張っている人もいるのに!無配慮な行いで!傷つく人がいるということをわかってください!」繰り返し、奴の殴打が続く。殴打のほんの合間、自分が小便と糞を漏らしていることに気づいたが、気にもならなかった。

奴が左手を離し、俺は地面に落ちる。泣きながら咳き込み、咳き込むと激痛でまた涙が出た。
「社会全体で考えていく必要があるのではないでしょうか…」奴が拳を振りかぶる。今度は本気だろう。さっさと死ねるならマシだという思いが浮かび、次にアカシアの顔が浮かぶ。

次の瞬間、オクザキが消えた。

数秒、状況が理解できなかった。
「濃尾運輸」と書かれた大型トラック。オクザキは交差点向かいの雑居ビルの壁に叩きつけられていた。奴は必死に起き上がろうとするが、動力外骨格装甲はひしゃげ、きしんだ音を上げながらギクシャクと手足をバタつかせるので精一杯だ。奴を撥ね飛ばしたトラックの運転席が開く。血を流して下りてきた運転手からは、安酒の臭いがした。

アカシア―――俺は彼女を見る。

彼女は横転したデジ・4WDの横で、オクザキを睨みつけながら、一心に杖を向け、何かを念じていた。アカシア、ドルイドの呪師。彼女の最大の魔力は――運命操作による、対象の、呪殺――。

俺はガクガクと足を震えながら辛うじて立ち上がり、奴に歩み寄る。
奴の装甲は破砕され、生身の肉体がむき出しになっている。
「わたしたちの活動がこんなに激しい妨害に遭うのは日本だけです・・・邪神崇拝と聞くと反射的に非難する人の多さを、わたしたち日本人は恥じるべきではないでしょうか・・・」奴はまだブツブツと呟いている。

俺は左右のホルスターから、デジ・ベレッタを二挺とも抜いた…こんな時に二挺拳銃をやらないほど、野暮じゃない。

BLAM!BLAM!
BLAM!BLAM!
BLAM!BLAM!
BLAM!BLAM!
BLAM!BLAM!
BLAM!BLAM!

ありったけの弾丸を奴の土手っ腹に叩き込む。奴はしばらく呻き…すぐにそれも止まった。

「地獄でするんだな…運動を…違う、環境に…お前が殺した相手を…ああ、クソッ」

気の利いたトドメの一言を言おうとして、本当にヒドいことになった。
肋骨がへし折れて内臓がミキサーに掛けられる直前だったってのは、言い訳としては充分だろ。

『普通そういうセリフさ、せめて考えてから言わない?』アカシアがクスクス笑いをしながら、からかってきた。通信もオンになっていたらしい。最高の幕切れだ。

デジ・ベレッタをしまい、アカシアたちのところに向かおうとした瞬間、電柱の陰からモブ・カルトの最後の一人がデジ・AKを持って飛び出してきた。オクザキの車の運転主が残っていた…!

ホルスターからデジ・ベレッタを抜こうとするが、奴のほうが速い、やられる…!

次の瞬間、モブ・カルトの額を、銃弾が撃ち抜く。

「何やってんだよ、お前ら…」まだ硝煙の残るデジ・コルトを構えたまま、トラヴィスが横転したデジ・4WDの運転席から這い出してきた。

アカシアと目が合う。彼女は俺に駆け寄ってきて、そのままハグをする。
そういえば、彼女にハグされるのは始めてだ。
「なあ、アカシア…」
「何?」
「凄く嬉しいんだが、実は今、肋骨が粉々になってて、ハグは、その、痛い…」
「ああ、ごめん!」
アカシアが慌てて離れる。色々漏らしていたのは、流石に黙っておこう。

いつまにか、モヤモヤした気持ちはすっかり晴れていた。

サイレンの音が近づいてくる。ようやく、地元警察が救急車を引き連れて到着した。
「警察への引き継ぎは俺がやっておくよ、お前は病院に行きな」
トラヴィスが俺の肩を軽く叩く。どうやら、気を失っていただけで奴の怪我は軽そうだ。
「悪い、お言葉に甘えるよ・・・トラヴィス、ありがとう」
「いいさ。だが、奴らの居場所を特定した分の上乗せは、しっかりとしてもらうぜ。アカシア!お前もコイツに付いていってやりな」
トラヴィスが歯を出して笑う。俺にだけ見えるように、奴がウィンクした。いい奴だ。
俺はアカシアの支えを借りて、救急車に乗った。アドレナリンが一気に体から抜け、強烈な眠気が襲う…

***********

二週間後
俺はネオ・新宿の駅前にいた。
国道上での大立ち回りは、『公的機関による依頼執行中のやむを得ない危険行為』として、当然免責となった。俺のバイザーの映像が証拠として採用され、賞金は奴の手下の分まで含めて全額支払われ、おまけに「邪神顕現の可能性が否定できない差し迫ったリスクへの緊急対処」として、暗黒儀式妨害ボーナスまで支払われた(このボーナスを全額トラヴィスに引き渡して、残りを三等分することで俺たちは合意した)。

俺の怪我も比較的軽症だった、肋骨はヒビ程度ですみ、内蔵への損傷はなかった。今はギプスと痛み止めで何とかなっている。(『ありがとう』詠唱サービスは悩んだが、金を優先した)

俺は家賃を無事支払い、もう少し安い引越し先を探している。だが、懐にはいつになく余裕があり、当分はカルト野郎にケツを撃たれなくても何とかなりそうだ。

ここしばらくは家に引きこもって、デジ・ライブラリで大厄波前の家庭用ゲームに耽るのが唯一の日課だった。(ゲーム脳は暴力性を高めるので、俺のような業種にとってゲームとトレーニングはほぼ同義だ)

だが、今日だけは予定があった。

「よっ」俺の背中を誰かが軽く叩く。
振り返るとアカシアがいた。私服の彼女を見るのは初めてだ。
「仕事でもないのにご飯奢ってくれるなんて、どうしたの?変なもんでも食べた?」
「いや、ここ最近、助けて貰ってばっかりだし、せめて礼くらいは…」
自分でも情けないくらいに上擦った声が出て、俺は自分で苦笑した。

アカシアは…笑わずに俺の目をじっと見ていた。
「そっか」

俺は慌てて目をそらす。
「じゃあ、行くか?」
「行こっか」

俺は今日のために買ってきた手首のブレスレットをぐっと掴む。期待してるぜ、『女運向上!黄金爆裂強運ブレスレット』。

俺は一度だけ深呼吸すると、彼女の手を取った。

(おわり)

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