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天気の子 感想 世界の形を決定的に変えてしまうこととアントロポセン

新海誠監督の新作、天気の子を観てきた。
都市生活者の貧困層についての物語だとか、過去作品の引用が多々見られる点とか、観客を惹きつけるマーケティング的な仕掛けであるとか、語りたい所がたくさんある魅力的な作品だったけれど、少なくとも一点だけは書いておきたいと思う。それは作中に一瞬だけ出てきたアントロポセンという語とこの物語が迎えた結末の関連についてである。

ボーイミーツガールと逃亡劇
この物語のモチーフは天気を操作できる少女陽菜と、家出した少年帆高のボーイミーツガールだが、その一方で帆高が偶然手にした拳銃から起こした発砲事件に端を発する逃亡劇であるとも言える。

親を無くし弟と二人きりの生活をしていた陽菜と発砲事件により追われる身となった帆高が社会から身を隠すために共に逃亡を計るが、その途中、天気を操作する力で糧を得ていた陽菜がその力の代償として身を天に召されてしまう。彼女を取り戻すために帆高は警察の手から逃れ東京を駆け回り、
あと一歩で追い詰められた彼は拳銃を大人や警察権力に突きつける。
あたかも昔の犯罪映画のような、貧困者がその止むに止まれぬ恨みつらみを社会に突きつけるかのような展開に驚いたが、その果てに帆高と陽菜は社会が求める人柱としての役割から逃走し、その代償として東京は雨が降り止まない都市となり、その大半が水没するという驚きの結末を迎える。

思えば個人の天命や運命をテーマにする作品は多いが、それが社会の利益に背く決断になるという話は少数派ではないだろうか。思えば君の名は。も運命を捻じ曲げてでも恋人に会いに行くという話だし、その選択の力強さが最近の新海誠作品の特徴と言えるかもしれない。

アントロポセンとは何か
この決断がアントロポセンの話へとつながっていく。実はこの映画でアントロポセンという語が出てくるのは終盤のほんのワンシーンにすぎない。本に描かれていたその語、それだけを取り上げてこの映画について語るというのは誇大すぎるかもしれないが、その後のシーンで語られるセリフ、かつて東京の大半は海で、人の手によってその形を変えられた、だから東京が水没した今の景色こそ太古の歴史から見れば当然の姿なのかもしれない、というセリフからして、監督がこの語を強く意識していたのは間違いないだろう。

「人新世(アントロポセン)」における人間とはどのような存在ですか? 吉川浩満|10+1 website

アントロポセンとは端的に言うと、人間の爆発的な増大とその活動が地球に大きな影響を与えてしまったと認め、完新世に続く新しい地質学的な時代の区切りとして名付けようとしているのが人新世、アントロポセンという呼び名である。

人が地球に大きな影響を与えたというのは人類の思い上がりだ、という指摘もある一方で、人という生物が生息したある一定期間を地質学的な一時代であると認めることで、逆に人類の時代は地球の大きな時間の流れから見ればほんの一時代にすぎない、と捉えることもできる。あるいは人類が滅んだ後の時代への想像力、ポストアポカリプス的なモチーフが近年見受けられるのもこのアントロポセンという区切りがもたらしたものかもしれない。

このアントロポセンという時代の捉え方と、世界の形を決定的に変えてしまった、という今作の印象的なフレーズが強く響き合う気がしてならない。

アントロポセンという視座から見えるもの
陽菜を救うために帆高が下した決断の結果、東京は雨に沈む街となった。その結末についてどう捉えたらいいのか彼は悩む。大人達は地球規模の歴史で考えれば大したことではない、とか、人一人の決断が世界を変えた訳ではないと言ったりもする。だが帆高はやはり少なくとも二人が生きる時代において、自分達が下した決断は世界に確実に大きな痕跡を与える出来事だった、と捉えなおし、作中でその評価は両端を行き来する。

社会の犠牲にされかけた二人が下した決断は、ボーイミーツガールの糖衣を纏ったエゴイスティックでロマンティックな物語である一方で、地球規模の時間の流れから見れば大したことのない、取るに足りない物語である。どちらに正解もなく、ただ視座の違いがあるだけである。まさにアントロポセンという時代の区切りが持つ両義的な解釈についての物語である。

新海誠監督作品が近年支持を受けているのは、私小説的なボーイミーツガールの物語に、こうした地球規模の大局的なスケールを意識的に重ね合わせるようになったことが理由ではないかと考えている。果てしないスケールの中のただのたわいもない少年少女の物語。視座の差が産み出すダイナミックな物語のエネルギー。作家論、時代論を語り出すとキリがないが、安直にいうならば、新海誠監督は、確かに今の時代の物事の捉え方を大衆の物語として表現できている稀有な監督なのだろう。

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