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毒親の言う「愛」が嘘だと否定して初めて、この世には愛が満ち満ちている事に気付けるのだ。


毒親の言う「愛」が嘘だと否定して初めて、この世には愛が満ち満ちている事に気付けるのだ。

サイコパス、反社会性人格障害、良心を生まれつき持ち合わせていない人間…そういうレベルの人は、数十人にひとりくらいの割合で存在するという。ただ特別知能が低くなければ、表立って犯罪を犯すのが得策では無いと理解するし、特別にサディスティックな性癖がなければ大きな犯罪事件も起こさず目立つ事はない。

あの人が一種のサイコパスであると認めるなんて、とても情のない行為に見えるかもしれない。だが、長年色々努力し検証した上で、温かい心が全く通じない、何をどうしてもだめだとわかった以上、実母を拒否することは一つの前進なのだ。

あの人に愛がない、あれば愛ではない、と認めることは、毒親以外の世界には、この世には愛というものがちゃんと存在すると気づき世界からの愛を受け取る事なのだ!

毒親が人間を奴隷化するための方便として使う「愛」という言葉は嘘だと気づけば、たとえば電車でちょっとした無償の親切をしてくれた人や笑顔を見せてくれた人にも、あっさりとしたものではあるが本当の意味での「愛」が込められているという事、そういうささやかな善意が世界に満ちている事に気づくこと、その延長線上に深い愛が存在していることに気付くことができるのだ!

それはつまり本当の愛に感謝し愛を受け取る行為だ!

(毒親やマインドコントロールの宗教団体などは、嘘を操って自分以外の人は悪い人だから外界と関わるなと教え込む)

毒親を棄てる(=毒親のコントロール下から離れる)ということは、良心が存在しない異常者の虐待から逃れることは、この世のほとんどのふつうの人にはそれなりに良心があるのだと気づく事である!

ふつうの人のふつうの良心ある優しさに包まれて日々感謝するという事である。

そういうあったりまえのふつうのしあわせをはじめて感じ取る事である。

世間の親はしょっちゅう包丁を振り回して暴れたりしない…娘が泣くのが生意気だからと泣いただけの理由で殴りつけたりしない…親戚からお金を何千万円もだまし取ったりもしない…いやほんと、この世はなんて平和なんだ!

愛と悪意を無理やりはき違えて思い込むのをやめよう。

愛と悪意をきちんと見分けよう。

キレキレのピュルンピュルンにありがとうございます‼