舗装された山手通りもTOCビルも心地が良いみたいに

ずっと工事してるせいで道幅が狭くなっていた山手通りの中目黒あたりを私は基本的に自転車で通る。もともとだだっ広いから狭まったとて走れなくなるほどではなく、邪魔でもなく終わってより良い道になることを待ち望むでもないただの工事と思って横を通り過ぎていた。今日、工事が終わった区間を走ったら、舗装が進んで路面がとても滑らかになっていた。もともとガタガタだった記憶がないので、もしかするとそのための工事ではなかったかもしれない。だがとにかく走りやすかった。私の右を通っていく車を運転する人たちもこれをわかっていればもっと噛みしめてゆっくり走るかもしれない。

その道を通って行った先は五反田にあるTOCビル。もう着ないと決めたシャツを枕カバーにリメイクしようと、ミシンをレンタルできるスペースがあるユザワヤを調べていたら行き当たった。建て替えにともなって休館することが決まっているらしく、暇ができたら行こうと思っていた。作業が終わったらついでに同じフロアにあるもつ次郎で一杯やって帰ろうと、ワクワクしながら山手通りを南へ。駒沢通りを越えるのですら初めてだったからかなりの遠出だが、道が走りやすいおかげであっというまの往路だった。

ユザワヤに入って嫌な予感。目当てのスペースが見当たらない。「スペース利用の方むけの案内もどこにも見当たらない。HPではやっていると書かれているけれども、ビルの閉館にあわせて閉店するにあたり、つい最近先に片付けてしまったみたいだ。時間はあるので枕カバーくらいは手縫いでなんとかしようとすぐに諦める。目的と引き換えに時間を手に入れたのでビルのなかを散策する。

飲食店街の雰囲気は有楽町の交通会館。手書きかWordの標準フォントの日本語ばかりが目に入ってくる壁は、最近できた個性のない駅ビルではお目にかかれない。大盛りの白ごはんにから揚げ三個とソースがかかっただけのどんぶりが200円で売ってる光景はここでしか見られないのではないか。同じ階にはさまざまな店。静岡の緑茶だけをあつかったニッチなショップもあれば、家電も石鹸もスーツケースも売っている真逆の手広さの店も。ビルの隣に首都高の高架がそびえるとは思えない、地方にある市場のようなノーコンセプトの店々。とても居心地が良かった。閉館にともなってか空きテナントだらけになってしまっているのが寂しい。建て替えにともなって、赤坂だ丸の内だにある飾り気はあるのに味気はないビルに似通ってしまってはとても嫌だけれども、そうならない覚悟を感じるずっしりした建物だった。

用事は何一つ済ませられなかったけど、ここに来たそのこと自体が目的だったことにできるくらい居心地がよかったので、もつ次郎にさえ行かずに帰った。ここにある無くなっていくお店のノスタルジーを消費するより、家の周りにあるお店の灯りを消さないためにできることをしよう。

山手通りの滑らかな路面をありがたがる私が、TOCビルの地下で通りにはみ出てゆく手を阻む商品かごを小石のように邪魔に思わないことが不思議だったけれども、少し考えて答えが出た。もし、山手通りが邪魔なものを全部きれいさっぱり無くしてしまったら、道は走れなくなる。タイヤが回っているとき、その路面には摩擦がある。山手通りの工事は凸凹を均しながら、道を道たらしめるだけのざらざらを残しているから、走りやすいのだ。新しいビルができるときいて期待することはずいぶん前からなくなってしまったが、それはタイヤが回るほどの摩擦が生まれないほどツルツルとうわ滑りする手触りをしているからなのではないか。TOCビルにはびこるざらざらした違和感はそのままにしないと、立ってもいられない場所になってしまうかもしれない。

不快がないことが居心地の良さと思っていたけれども、そこに私たちを立たせている摩擦力は考えないと見えなかった。それが見えない人たちのしわざで、どこのビルも手触りのないつまらないビルになってしまっている。自分がどうして立っていられるのかを教えてくれたTOCビル。そのままでまた会いたい。



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