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"Endophysics"解説 #2 内部観測者 (ALife Book Club 1-2)

こんにちは!Alternative Machine Inc.の小島です。
オットー・レスラーの著書 "Endophysics"(内在物理学)解説の二回目をお届けします。前回の記事はこちらにあります。

前回は物理における「パラダイム」の力についてお話しました。この本では驚くほど単純な機械を題材とするにもかかわらず、すごくスケールの大きい話をしていきます。それが可能なのは、レスラーが単純な機械を通じて新しいパラダイムを提示しようとしているからなのです。今回はその新しいパラダイムである「観測者が内部にいることが物理法則に影響しうる」についてお話していきます。

そのために、まずは物理における「観測者」の話をさせてください。

「誰もいない森で木が倒れたときに、その音は存在するか?」
これはジョージ・バークリーという哲学者が300年ほど前に考えた問いです。皆さんはどう思いますか?
これは現実(Reality)とはなにか、ということに直結しています。もしも現実が見る人、すなわち観測者に依存しないならば、森に人がいようがいまいが関係ないはずです。一方、観測者がいることが重要なら「誰もいない」ということが効いてくることになります。

前回、現在の物理の根底は「古典力学」もしくは「ニュートン力学」である(そしてこれが決定論的である)ということをお話しました。実は、この理論だと観測者は関係ないということになっています。正確に言うと、世界を記述する方程式に観測者に対応する項が入っていない、つまり世界がどのように変化するかを予測するために観測者のことを考慮する必要がないのです。だから、世界は観測者とは独立に存在していて、誰が見ようが関係ない、ということになります。

20世紀の物理はこれに対する修正の歴史でもあります。まずはアインシュタインの相対性理論です。相対性、というのは、絶対的な観測者はいない、ということです。つまり、誰の視点から見るかということでものの見え方は変わるし、そのどの見え方にも優劣がない、ということになり、現実の記述のためにはどの視点で見るか(どの座標系を取るか)を明示することが重要となりました。

さらに、量子力学が登場して、実はすごく小さい世界については「観測する」ことが結果にはっきり影響することがわかりました。あまりにもややこしい話なので深入りは避けますが、量子力学では「観測」という行為が物理法則の中に含まれます。つまり「観測」をすることが物理的な実体を変えてしまうのです。

これらを経ることで、「観測者」は物理で無視できない要素に昇格していきました。
そして、Endophysics(内在物理学)はこれをさらに推し進めようとしたものです。これは、観測をするということだけでなく、観測者自体の性質が結果にも影響するのではないかということ、特に「観測者は世界の内部にいる」という性質が結果に効いてくるのではと考えます。

「観測者は世界の内部にいる」ということをもう少し考えてみましょう。これを考えるために本文では、Simulacron 3というSF (https://en.wikipedia.org/wiki/Simulacron-3)が取り上げられています。これは、13Fというタイトルで映画化もされています。

Simulacron-3は仮想世界の話で、コンピューターで仮想的な世界をまるごとシミュレーションする、というものです。その仮想世界にはシミュレーションされた人間もいるのですが、その人はだれかにシミュレーションされていることには気づかない、そんな設定です。(映画マトリックスをご存知のかたは、それと同様の世界観だと思ってください。)

このときに重要なのは、シミュレーションされた仮想世界内の人は、そのシミュレーションの世界内の法則によってできあがっているけれど、それをシミュレーションしている人は、その外の世界のルールに従っているということです。これが内部観測者と外部観測者の違いです。

僕らが観測者となるときは、この物理世界から出ることができないために内部観測者であり、それが結果として物理法則にも影響するのではないか、というのがレスラーの仮説です。

ここでレスラーが引き合いに出すのは、ゲーデルの不完全性定理です。これはまた込み入った話になるので、深入りは避けますが、これは論理学の話で、ある論理のルールで表現される命題のなかに、そのルールの枠内では正しいかどうかが絶対に証明できないものがある、というものです。ただし、この命題は上の階層の論理では証明可能になり得ます。すなわち、上の階層の論理では導けるものが、下の階層の論理では不可能であるということです。これを下の階層を「内部観測者」、上の階層を「外部観測者」と対応させて考えると、下の階層に閉じ込められている「内部観測者」には示せないものが、その上の階層にいる「外部観測者」には示せることになり、「内部観測者」か「外部観測者」かが影響する例と見ることができます。

でもこれはあくまでも論理学の話なので、それを物理でも議論していくためには他の仕掛けが必要です。そこでレスラーが採用するのが最初にお見せした、謎のシンプル機械なのです。

「内在物理学」での中心的モデル。ここからマトリックスみたいな話をくりひろげます。


次回はついにこの機械の話をしていきます!お楽しみに。(小島)


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