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伏見稲荷山のきつねの手水




3月の終わりの金曜日、人でいっぱいの京都へ行った。


午前中は伏見稲荷山






午後は京セラ美術館の「村上隆 もののけ 京都」







伏見稲荷は今回で4回目だ。


5年前、お正月に参拝したのが1回目。
その1ヶ月後に初午大祭という祭礼があるのを知り参拝したのが2回目。

実はその2回目を思い出すと少し心がチクチクして、ごめんなさいと何かに対して謝りたくなる。


初午大祭とは、稲荷大神が稲荷山に降臨された日が和銅4年(711年)2月の初午の日であったことが由来で、清少納言も『枕草子』の中で記しているほどの特別な祭礼である。


その頃の私は今の仕事の規模を広げ、肩にやたらと力が入っていた。仕事上の結果に結びつくことに一生懸命に時間と心と身体を使っていた。
だから、こんなに頑張る自分により良いパワーを!という欲のかたまりを抱いていたように思う。

そんな私が「福詣り」とも呼ばれる初午大祭に強く惹かれるのも当然だった。


その祭礼では、授かると家が栄えるといわれる「しるし(験)の杉」というご神木の杉の枝を授かった。

長蛇の列にも並び、願いごとを書いてご祈祷を受けた。

祝詞が響く社殿の中で頭を下げて、いつ自分の名前が読み上げられるかと耳をすましていた時だった。

今まで気にならなかった外から聞こえる音がやけに気になった。


「ジャラジャラジャラン」
「ガラガラガラガラガラ」


外側からは見えにくいが、私たちがご祈祷を受けている社殿の背面に向かって、多くの人がひっきりなしに鈴を鳴らし「二拝二拍手一拝」をしてお賽銭を投げ込まれていた。

振り返っては見なかったけれど、すごい数の人々が次々に手を合わせている姿が思い浮かんだ。

そして、なぜかその姿をお狐さまが高いところからじっとみおろされているイメージが頭に浮かんでいた。





現在だけではなく、

小判のような昔の貨幣も一緒に、

ジャラジャラヒラヒラ舞っているようなイメージ。

そして、その様子を上からじっと見おろされているお狐さま。

・・・次の瞬間、私もその時の自分自身を斜め上あたりから見ているイメージが浮かんだ。


上から自分自身を見て思った。


「現世利益」と「他力本願」オンナ やん。


ちょっと私...何か違うのではないかという思いもでてきた。


でもその日は、当初の目的であった商売繁盛を
お願いできてよかったと思うようにして帰路についた。本当は稲荷山の頂上まで行きたかったけれど、時間の都合でやめた。

お酒やお米や昆布などの神礼を頂き、形に惹かれて購入した「達成のかぎ」という不思議な形をしたお守りを持って家へ帰った。


稲荷山は日が経つとまた行きたくなる場所だ。




3回目は、何かを特別にお願いするのではなく、稲荷山にある本殿以外のお社を訪れるために山の上の方までゆっくり歩いた。



神寶神社という竹林の中にあるお社では、静かな空気の中に龍の像が鎮座しておられた。

とても静かな空気が漂う不思議な場所だった。
何というか、深くて広い穴の中にいるような、薄暗く冷たい空気の中にいるような・・・

竹取物語の発祥の地とも言われる、降臨神石が祀られている磐境さまのお社も参拝した。

そして、とても気になっていた眼力社へ着いたころは夕方になってしまい、お土産や縁起物がおかれている眼力亭も残念なことに閉まっていた。

でも、以前何かで見てとても惹かれていた稲荷山を駆け降りてきたようなポーズをしたおきつねさんの「眼力さんの手水」を見ることができた。


稲荷山は日が経つとまた行きたくなる場所だ。



そして4回目。

あの眼力さんの「狐の手水」のところへ行きたくなった。





外国からの観光客で大混雑を承知で行くことにした。

本殿の辺りは人が溢れ、多言語が飛び交い、様々な香水のミックス臭にあふれていた。
各国の世代別の旬のブランド品コーディネートを目にするのも楽しい。
なせか、海外の空港にいるような気分にもなれる。この空気は嫌いじゃない。

本殿を過ぎ、有名な朱色の千本鳥居になると、写真や動画を撮る人が多く、思うように進めない。



山の上へ進むにつれ、だんだんと人が少なくなっていった。



参道は整備された石の階段でとても歩きやすく、
すぐ横は木が生い茂り、前日の大雨の影響でバリのウブドのような湿度が満ちていて、なかなかいい感じだった。




パリで撮った写真を探して、
日付を見てびっくり。
 17年前だった...



香水ミックス臭から解放され、木や葉や草のいい匂いにつつまれながら参道をのぼり、やっと眼力社に到着した。

今回は、眼力亭も開いている時間で、ゆっくり
と過ごすことができた。


「先見の明・眼力が授かる」というご利益があると古くから伝わる眼力さん。
独特のお土産ものがあり気になる書籍もあったけれど、今回はきつねの手水で手を清め、静かに手を合わせてまた参拝ができたお礼をお伝えだけした。




実は、2回目の参拝で現世利益と他力本願な自分をかえりみてから、気になっていたことがあった。

でも眼力社さんのHPに、とてもありがたい教えが記されていた。

信仰は人を救うためのものであり、けして怖がらせるためのものではないということ。

もし、お稲荷さんを信仰していて祟られたのかも?という現象が起きたときは本人の不注意、不摂生によるもの、または気を付けた方が良いですよと愛を持って神様から注意されているということ。


もし自分にそういうことが起こったら、神様のせいにする前に自分の習慣を見直し、気づくべき余地があることを真摯に受け止めてみなさい。と。

よく覚えておきたい。


最近は眼力社さんの拝殿のろうそくの炎の写真を撮る人が増えてきているそうだ。
Instagramの紹介パンフレットには、不思議な炎の様子の写真が載っていた。

狐にしか見えない炎や、女の人が舞を踊っているような炎。

眼力社さんはやっぱり不思議なところだ。



稲荷山は日が経つとまた行きたくなる場所だ。




次もまたあの狐の手水の所へ行きたい。



で、村上隆展は?? 笑




おしまい

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