悪の華①

死骸に添って寝かされた死骸のように、
醜怪なユダヤ娘の傍らに俺が寝ていた或る一夜、
金で売られた肉体の側で、想いの遂げられない
別の悲しい恋人に 俺は思いを廻らした。
Une nuit que j’étais près d’une affreuse Juive, 
Comme au long d’un cadavre un cadavre étendu, 
Je me pris à songer près de ce corps vendu
À la triste beauté dont mon désir se prive.
シャルル・ボードレール『悪の華』より
「死骸に添って寝かされた…」

終電車が出て数時間が経った繁華街の安ホテルのやけに柔らかいベッドの上、前の店で意気投合したお水の
女を待ちながらシケモクをいじっている。
脳裏に浮かんだのは、19世紀パリのダンディー詩人のこの詩だった。

途中ではぐれた相棒からくすねたラッキーストライクのスパイシーな煙の後ろで、怪しい花売りの老婆から買った紫の花束が甘く匂う。
日付が変わる前に想い人に渡した一輪の赤薔薇の高貴さとは似ても似つかぬ、雑多な寄せ集め。甘美な退廃の薫り。

アンニュイの薫り。悪の華。

振舞いも大袈裟ならず、叫び声甲高からず、
去りながら、地上を好んで廃墟と化し、
欠伸の中に世界を飲む。
これぞ、倦怠(アンニュイ)。 -眼に思わずも涙を湛え、
長き煙管を燻らせて 断頭台の夢を見る。
Quoiqu’il ne fasse ni grands gestes ni grands cris,
Il ferait volontiers de la terre un débris
Et dans un bâillement avalerait le monde ;
C’est l’Ennui ! — l’œil chargé d’un pleur involontaire, 
Il rêve d’échafauds en fumant son houka.
シャルル・ボードレール『悪の華』より
「読者に」

窓を開けた。
アルミ格子の後ろから、降り始めの酸性雨の臭い匂いと生暖かい湿気が染み込んでくる。
ビートの早い乾いた雨音が、耳元に涼しく響いた。

半開きのガラス窓に、ゆっくりと開くドアが映る。

そして一羽の蝶。
悪の華に誘われる、夜の蝶が。

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