猫のいた昼下がり
久しぶりにヴィルが、僕の部屋に遊びに来た。
猫のくせに小洒落たこのシティボーイは、僕が花粉症を紛らわすために飲んでいたペパーミントティーの香りに誘われて、迷いこんできたのだった。
「こらヴィル、お前のは向こうだよ」
カップから垂れるティーバックのヒモにじゃれつくのを制して、テーブルの向こう側の皿の前に彼を運ぶ。持ち上げた時につかんだ胴体の細さが、月日の移り変わりを感じさせた。
「向こうでは元気にやってるか?
あまり食ってないんじゃないか?」
カリカリを貪るヴィルの頭を撫でながら話しかける。昔はウェットが好物で、カリカリなんて見向きもしなかったのだが、今は夢中で食べている。
「『男には自分の世界がある』、か。
お互い、いろいろあるよな」
カリカリを食べ終え、隣の皿のミルクを飲むのをビスケットをかじりながら眺める。ブリティッシュショートヘアの短い前足でミルクをすくい取って口元に持っていく仕草が懐かしい。
僕も同じ皿に指を入れてみると、その指を手で抑え、甘噛みしてくる。怒っているというよりは、遊びたい気分が強いようで、指を噛んだり舐めたりしゃぶったりを繰り返している。
しょうがないので指にじゃれさせたままヴィルを抱え、庭まで出てみることにした。
雨上がりの昼下がり。
芝生や鉢植えの花に乗った水滴に陽の光りが反射するのが面白かったのか、ヴィルは僕の腕を放れ、地面に降りていった。小さな椿の植え込みが特に気になったようで、根元を嗅ぎまわったり、光る花にじゃれついたりしている。
僕はしゃがみこみ、彼の様子を見ていた。若い頃と比べて元気が無くなったが、まだまだ生を愉しむ貪欲さみたいなものは失っていないようだった。それが僕には微笑ましくもあり、哀しくもあった。
遊び疲れたようだ。
首の後ろを撫でてやると、嬉しそうに顔を指に寄せかけてくる。甘える時のいつもの仕草だ。
今度は顎の下、喉仏。よほど気持ち良かったのか、地面に寝転がってしまった。
「あーあ、拭かなきゃじゃんか」
茶色というよりは金色の立派な毛並みが泥まみれになったを見ながら呆れるように言う。
しかし涼しい顔をして拭かれているヴィルの表情はむしろすがすがしくて、目を細める様がなんとも幸せそうだった。
また、一緒にいられるんだね。
それが僕にはとても嬉しくて、幸せで、体を拭ききらないうちにヴィルをかかえ上げ、つよく抱き締めていたー
そんな、夢を見た。
最近行けなくてごめんね、ヴィル。
また今度ハーブティーとウェット持って、きっと行くからね、
お前のお墓に。
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