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オフィスビルに霊が出る

4階がまるまる空いたらしい。
中央区にしてはあまりよく知らない名前の駅が最寄り。
体感徒歩7分くらい?ちょっと遠いかなあ

「ちょっと遠いですねえ」
「んん~。#####だからね。」
上司の言葉はよく聞こえなかった。

上司のほかに、リーシングの担当と、ほかにも何人か社内の人がついてきている。大がかりだな。

「ずいぶん大がかりですね」
「うちみたいな大したことない管理会社は、ちょっとでも風が吹くとすぐ大騒ぎになるんだ。」
「そういえば、あれもう5年くらい前かぁ?あの時も大変だったよな、あの##のバカがよお」

上司とリーシング担当がほとんど同時に言葉を話したが、私はどちらにもかろうじて愛想笑いをしながら、話の内容はうっかりよく聞いていなかった。
ビルは大通りから少し奥まったところにあって、良くも悪くも目立たない。
なるほど、小型のオフィスビルだ。

「特に何もないけどね、ちょっとね」
「なにかあったんすか?」
「やあ、4階は大丈夫なんだけど、5階がね、出るよ。」
「出る?何が」

私たちは裏手からビルに入った。
ビルの裏手のすぐ横にはゴミ捨て場があって、その隣にどうやら管理室があるらしい。


モップが立てかけてあって、防犯カメラのモニタと机。
よく知らないカギと、なんも面白くないイスが何脚かおいてある。
たくさんいた社内の人はいつの間にか消えている。
管理室のドアはものすごい音で閉まった。
「ここ相変わらず建付け悪ィい~。オーナー、クソケチだから直さねえんだよな、おい、今度の定例で言っとけよ」とリーシング担当
「はい。」と返事して社用携帯にメモる。


「今年の春くらいにね、5階で人が死んだのよ。それで出てくるようになった」
「っええっ、おばけですか。」
「まあねえ~」
「なるほど。まあでも今回は4階ですもんね。関係ないですよね。」
「ないね。5階の外階段に鍵があるから内見するときは5階から鍵を取ってこないといけないけどね。」


夕方近くなってきた。
私たちは4階フロアをくまなくチェックする。
がらんとした空っぽのオフィス。
話を聞いた後だと少し不気味に感じて、私は上司から片時も離れないでいた。
そろそろ戻ろうかという雰囲気になったとき、なぜか私は
「行ってみませんか、5階」
と口走っていた。
怖いのを冗談でごまかそうとしたのかもしれない。ちゃんとストップをかけてくれること前提で。

あっさり行くことになった。
穏やかな上司に、私はぴったりくっついた。
リーシング担当はいつの間にかいなくなっていた。
5階へは階段で上がる。薄暗い。
鍵は普通のシリンダー錠だ。
上司が開けて、電気をつける。


空室のオフィス。
窓の外はもう真っ暗だ。
電気は薄暗い。いまどきLED化してないのかよ。
15坪くらいだろうか。オフィスとしては狭い。
天井が少し低いので、余計狭く感じる。
不動産っぽい感想はいくらでも浮かんでくるが、話す余裕はない。

なるほど、これは一人じゃ来られないな
私は社用携帯のカメラを取り出す。
上司といつの間にか付いてきた後輩が写真を撮り始めたので。

隅から部屋の全景を撮ったそのとき
写真に誰かの手がはっきりと映り込んだ。

思わず後輩に飛びついた


部屋の、さっき入った入り口のあるほうの角の、薄暗いところに、なにかが居る。

言葉を発しているような影が次第に鮮明になっていくようだが、ザワザワとかバシバシという感じの雑音が邪魔をして何と言っているかはちょうど聞き取れない。「来るな」と言っているような。
もう逃げてもよかったのだがなぜか逃げる気が起らなかった
(入り口塞がれてるしな)
そうしたら、いつの間にか上司も後輩も居なくなっていた。

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少しずつ、部屋が昔の姿に戻っていく。
キッチン、布団、奥の仏壇、畳。
あれ、ここ前住宅だったのかしら。
そして、本棚、たくさんの漫画も。
妙な生活感・・・

女の子らしき霊はピンク色の部屋着を着ていて、ダボっとしている。
髪は寝起きみたい。顔色は別に取り立てて悪いわけでもない。
全体的に少し不摂生に見えた。

いやまあ、死んでるもんな・・・

「こんにちはー」
おそるおそる挨拶してみた。
相手はヒト、だったものではあるもんな。
話せばわかるんじゃないだろうか。
「    」
何か言っている。よく聞き取れなかった。
シンプルに声が小さかった。
さっきみたいな雑音はもうない。
外はそろそろ夕方のようで、赤くなっている。

初対面で相手の言葉が聞き取れないのって最悪だ。
聞き返すのも悪いし。

「いつからここに居るの」
「半年前に、気づいたら死んでいた」
今度は聞き取れた。

「どうして死んでしまったの」
「ここに居るとずっと孤独」
なんだ、これ答えになってるか?
「ずっと住んでるの?」
「上京した時から。」
「何年くらい?」
「  」
「なぜ死んでしまったんだい?」
「     」

このあと何回か聞いたけど、死の瞬間の詳細についてははぐらかされて話してくれなかった。

「生前は何を?」
「調理の学生。何か食べる?」
「おねがいしようかな」
少しおなかが空いてきた。
彼女は台所のほうへ移動した。
「死んだのはこの辺?」
と布団の上を指す。
「ううん、そっち」
本棚のほうだ。どうやって死ぬねん。
本棚にはたくさんの漫画がある。


「漫画好きなのね。あ、呪術廻戦」
「呪術は最近ハマってる。」
「おー俺も。誰推し?」

返事はない。聞こえなかったのかな?
台所に向かう背中だけ見える。

「上に行こうとは思わないの」
「あの世ってこと?」
「そう。成仏的な」
「んー、いけない理由が2つくらいあってね」
自殺したから成仏できないとかかな
「私身体重いからさ」
え?
「え?」
「あと、足臭いんだよね」

「足?臭い?」
いつの間にか私は布団の上に座っていた。前にはちゃぶ台。
万年床だな。
「幽霊に足のにおいなんて関係なくないか」
「逆に、足の臭い幽霊なんて見たことある?」
「いや、ないけど」
「体重重いのも相まって上に上がれないわけよ。」
「そんなもんか」
「見たことないってことは、いないってことなんだよ。」
「ふうん」

身の上話をしたことで女の子は明らかに打ち解けて、さっきより明るい感じになっていた。私に近づいてくると布団の上に座った。
「ここにずっと居るのは退屈」
「そうかあ、そうだよね」
「たまに下の階の人が面白い漫画を持っていたから、読んだりしてた。でも居なくなっちゃったね」
「先月末退去だね。もう原状回復工事も終わってる」
「なんて?」
「いやこっちの話」
もしかして下の階は幽霊騒ぎがあって退去したんだろうか。

「スマホとかもないの?」
「ううん、スマホはあるよ。」
と言って取り出してきた。Expediaだ。
「スマホはね、死んでも完備なんだよ」
今の人にとって身体の一部みたいなもんだからかな
「今の人にとって身体の一部みたいなもんだからね。」
「なるほど、納得」
「暇だとずっとスマホ見ちゃうかな。」
「わかる(笑)ユーチューブとか見る?」


この話は少し前に夢で見たものです。
ここで目覚めてしまいました。
夢にしては長くて詳細だったので書き留めていました。
出会った霊の女の子がいったいどのビルに住んでいるのかわかりませんが、今後ずっと会わないのは寂しいような気がします。

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