同じ場所で違う光景を見る

訪れたのは、同じ場所。
きっと景色そのものは変わっていないのだけど、それを見る僕の目が変わっていた。

先週の土日に京都に行って来た。
そろそろ夏に向けてインターンシップなどを考える時期で、サポーターズという会社がそのためのマッチングイベントを開催したからだ。

大学生は卒業するときの春休みでものすごく旅行をする。
僕も1ヶ月ほとんど金沢にいないほどだった。

今から思えば大学を卒業するのだから、せっかく4年間過ごした金沢の地を満喫したほうが筋な気もするのだが、それでもまあやはりともに過ごした友だちと大学最後にどこかへ行く、というのはとても楽しいものだ。

そうして周りの同期は社会へと旅立ち、大学院に残された僕はこの数ヶ月は金沢で淡々とした日々を過ごしていた。(これに関してはこれまでのnoteを見てもらえれば良いと思う)

そんな僕が今回京都に行くことになった。
金沢を出るのは3ヶ月ぶりである。
やはりこうして定期的に街を出て、新しい刺激をもらうのは楽しいな、そう感じる。
京都駅行きの電車に乗った瞬間にそう思った。

群馬から金沢に出て嬉しいことの1つに、京都が近くなったことがある。
僕は神社や仏閣などの落ち着いたところが好きなので、京都の古い町並みや文化的な雰囲気がとても気に入っている。
けれど、東京や群馬から京都に来ようとするとお金も時間もかかってしまう。

初めて京都を訪れたのは中学校の修学旅行だった。
当時ほぼ生まれて初めての新幹線を乗り継いで、奈良から京都へ。
グループを作って、班長なんかをやったりして時間を気にしながら京都の街を回った覚えがある。

それからもうすぐ10年が経とうとしている。
あのときは全然つかめなかった京都の町並みも今回、もう6回目ともなればなんとなく方向もつかめてきた。

行く回数が増えると同時に、いろいろな思い出も増えていく。

僕は1度行けば満足してしまうクチなので、同じ場所にはあまり行かないのだけれど、京都ではわりと何度も行く場所がある。

それは東本願寺だ。

駅に近いのもあって、わりとほぼ毎回前を通る気がする。
そして、そのたびに京都の思い出が浮かんでくる。

前に来たときはこんな感じ、こんなメンバー、こんなことを考えていた、東本願寺を見るたびにそんなことを思い出す。

そして同時に、その当時と今では感じるものが違っているな、ということを感じる。
今考えてりうこともきっと次来たときには思い出となってしまうんだろう。

「一期一会」

これは僕の人生のテーマ、あるいは僕に限らず人生のテーマなんじゃないかと思うことがある。

めぐりあいとか、同じ一瞬というのは再びは来てくれない。
だから、僕は今この瞬間感じていることを思いっきり噛み締めたいし大事にしていきたいと思う。

そしてその時の感情を大切にするためにも、僕はこうやって文章を書いている。
自分が今感じていることをなるべくありのままに残していくことは、まるで自分の足跡を残していくような意味があると思う。

未来の自分は、今の自分とは違う。
他人のようになってしまっているかもしれない。
だから、noteなどで誰かに対して自分の思いをわかりやすく伝えること。
それはもちろん読者のみなさんに対してのためでもあるけれど、それは同時に未来の自分のためになっているのかもな、そんなふうに思いながら、再び僕は日常に戻っていく。

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ありがとうございます!幸せが訪れますように!
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井上 周

金沢大学博士前期課程1年。コンピュータと人間をつなぐヒューマンインタフェースの研究をしています。noteでは自分の気持ちや感じたこと、日々思うことを綴っています。将来の夢は多くの人を幸せにするものづくりをすること。感じたことを、感じたままに。

日記

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