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篝火(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 19)

篝火(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 19)

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目次 鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語

前回のお話 第十八話 「前触れ」

篝火

 

 その日、長岡の城下町の大きな街道沿いには、よい匂いのする薪を置いた篝火が並んだ。夕闇が落ちる頃、次々に火が点され、ひとつひとつに蛾が群れてちらちら揺れる。
 城の中で珠子を待つ忠興は、緊張で今にも爆発しそうだったが、ただ珠子に恥ずかしくない婿であ

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陣の中の茶室(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 16)

陣の中の茶室(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 16)

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前回のお話 第十五話 「若菜過ぎる季節」

陣の中の茶室

 翌年の天正五年(1577)二月、熊千代は念願の初陣を果たした。光秀とともに軍を率いて紀州征伐に向かう。明智が手痛い一撃をくらった雑賀衆が相手、奮起してよい所を見せたいのであろうと周囲は噂した。

 信長におぼえがめでたいのは、明智の後ろ

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若菜過ぎる季節(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 15)

若菜過ぎる季節(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 15)

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前回のお話 第十四話 「櫃の中」

若菜過ぎる季節

 熊千代が具足始の儀式で大騒ぎをしている頃、珠子の母、煕子はひっそりと息を引き取っていた。

 熊千代が再び明智に会ったとき、怪我はもう癒えているはずの十兵衛は、げっそりとやつれていた。深い皺が口元には刻まれ、透き通っていた表情に暗い翳りが増し

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櫃の中(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 14)

櫃の中(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 14)

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前回のお話 第十三話 「白と黒」

櫃の中

 

 お聡が津田信澄に嫁入りした翌年の天正四年の正月、信長は熊千代の衣服の紋を見とがめた。

「その紋はどうした?なかなか洒落ておるではないか」

 熊千代は赤くなった。裏腹に得意そうな、芯から嬉しそうな顔をする。

「上様のお腰物を持ちました時、束

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白と黒(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 13)

白と黒(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 13)

 

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前回のお話 第十二話 「長篠のイフィゲネイア」

白と黒

 岐阜城が大戦の前に騒然となっている中、熊千代は津田坊の甲冑姿がこちらへ来るのを見て自分から駆け寄った。

「ついに、初陣でございますな!」

 幕の影にいて、こちらを振り向いたのは信長で、熊千代はあっと膝をついて頭を下げた。からか

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長篠のイフィゲネイア(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 12)

長篠のイフィゲネイア(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 12)

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前回のお話 第十一話 「鉄砲と癇癪」

長篠のイフィゲネイア

 
 熊千代は考えにふけりながら岐阜城の廊下を歩いていた。
 さきほど、信長の娘である蒲生氏郷の奥方の紹介に預かってきた。氏郷とは顔を合わせれば口争いをするが、お互いにもう遠慮ない口をきいても平気であるほど親しくなっている。
 忠三郎(

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鉄砲と癇癪(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 11)

鉄砲と癇癪(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 11)

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前回のお話 第十話 「明智屋敷の樹の上で」

鉄砲と癇癪

 お珠さま、お珠さま。呼び声をよそに、人気のない方へ、ない方へ。珠子がちょろりと入り込んだ奥の間の一室は、床もひやりと冷たく、思わず指先をひっこめてしまいたくなった。部屋の奥には長持が二つ、珠子は少し考えて、蓋のない方の長持に這い込んだ。

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明智屋敷の樹の上で(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 10)

明智屋敷の樹の上で(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 10)

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前回のお話 第九話 「貝と蝶と」

明智屋敷の樹の上で

 天正二年(1574年)一月、正式に二組の婚約が発表された。

 まだ幼少である熊千代と珠子はさておいて、大きく境遇が変化したのは津田坊の方だった。明智の娘と、信長のお気に入りの甥との婚約は岐阜城を騒がせた。

 真っ先にかけつけたのは秀吉で、藤孝

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貝と蝶と(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 9)

貝と蝶と(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 9)

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前回のお話 第八話 「越の白山」

貝と蝶と

 小さな許婚一組を残し、遠慮した松井康之と明智左馬之助は、御簾を下ろしてから主人二人に付き添って控えの間に入った。左馬之助がしきりと首をひねっているので、松井はどうかしたのかとそっと尋ねる。

「先ほど、わたしは熊千代君にものすごい顔で睨まれたのだが、何かお気に召

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越の白山(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 8)

越の白山(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 8)

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前回のお話 第七話 「明智三姉妹」

越の白山

 岐阜城の廊下を歩いていた熊千代は、津田坊に呼び止められた。
 熊千代は立ち止まり、一緒に歩いていた小姓に先をうながした。

「ではうまく持っていけな、古新」
「助かる。ではまたな、熊千代」

 熊千代は岐阜城づとめの中で周囲に少しずつ、うちとけてい

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明智三姉妹(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 7)

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前回のお話 第六話 「上つ方への御挨拶」

明智三姉妹

鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語  007

 第七話  「明智三姉妹」

 

 熊千代の小姓暮らしが始まった。

 寺の坊主に交じって過ごした日々の経験が役立った。早朝のお勤め、掃除、不寝番も楽々とこなす。日中の鍛錬は誰よりも熱心に猛

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上つ方への御挨拶(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 6)

上つ方への御挨拶(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 6)

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前回のお話 第五話 「忠利宇古宇の実」

上つ方への御挨拶

鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語  006

 第六話  「上つ方への御挨拶」

 熊千代は岐阜城の前に立っていた。

 見上げるように聳え立つ山の中に、複雑に絡み合いながらとぐろを巻いた龍のように、鮮やかで壮麗な館が天守へと繋がってい

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利宇古宇の実(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 5)

利宇古宇の実(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 5)

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目次 鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語

前回のお話 第四話 「忠興生い立ち、または喧嘩上等・石合戦」

利宇古宇の実

鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語  005

 第五話  「利宇古宇の実」

「おのれももう、十を越そうという年だ。申楽能を通しで見ておかねばな」

 それで熊千代は朝から機嫌が悪く、いやな顔をしている

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忠興生い立ち、または喧嘩上等・石合戦(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 4)

忠興生い立ち、または喧嘩上等・石合戦(鬼と蛇 細川忠興とガラシャ夫人の物語 4)

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前回のお話 第三話「藤孝、困る」

忠興生い立ち、または喧嘩上等・石合戦

 熊千代は京都一条の館で、細川藤孝の長男として生まれた。

 のちに細川忠興となるこの少年の家系は、代々将軍の近習を勤める名家であったが、当時は貧苦と戦乱の中に喘いでいる。

 将軍家の威光は風前のともしびであり、足利義輝は三好長

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