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「フォーサイト・サーガ」 後半

総領のおじいちゃんが家出をしていた息子ジョリオンを許して財産をゆずる選択をした。
このあたりまで惰性で読んでいたが、ちょっとこれはどうなるのか?と続きを期待する気になってきた。

テーマ自体は、フォスターのハワーズ・エンドと似たようなものだと思う。(映画も名作!)

切り口が違う。
財産家の方からの視点なところや、アイリーンのキャラなど。

名作「天井桟敷の人々」で
『愛は貧乏人の特権です!』
とアルレッティ演じるガランスが言う。

金持ちが美人や芸術品を所有することについての皮肉は文壇の一つのテーマのようだ。
文化を継承するのにパトロンは必須、だが本質的に所有することは出来ない。
美や愛は支配者層の手の外側にある、という概念。

下世話に解釈すれば、確かにお金がある程度以上あると、結婚しても「こいつ、お金目当てでは?」という一抹の疑問は捨てきれまい。
貧乏であるなら、貧乏ながらにしてその相手を選択する理由は愛しかないはずなので、そういうことを言いたいのかなと思う。

ジューンは結局、この一族から脱却できるのか。それとも第二のアン叔母となるのか?


ソームズとアイリーンは家を探しているところだ。
住む家を探すというのは、他人が夫婦になろうとする儀式だ。
もしくは夫婦がその絆を深めようとする過程の象徴でもある。

アイリーンは無関心。頭から興味がなく、まるっと無視している。
ソームズのからまわりだ。
彼は「家」をブランドバッグや最新流行の服、ジュエリーと同様に考えているふしがある。女性なら喜ぶはずのもの、と。アイリーンはそれらを既に十二分に与えられているはずだが、まったくソームズを振り向く気配はない。

そして、アイリーンはついに家出をする。
アイリーンとジョリオンとの交流がはじまった。
「…!」
(これは、面白くなってきた!)

今まで読者にさえわからなかった、アイリーンの嫌悪の理由がジョリオンにはわかる。
(それが何なのか、はっきりとは書かれないが)
アイリーンが何が嫌で、どうしても耐えられないのか。

そして前回よりもあきらかに異常なほどソームズを嫌悪、恐怖すらしている。

住む場所を探していたのに、家出をする。
ここに至る間に「何か」があったのだ。
それは、ジョリオンも「それは無理だね」と認定する種類のもの。

そしてソームズは自分の何が悪いのかまったくわからない。
何度もアイリーンのもとに押しかける。強行突破しているわけではない。
紳士らしく訪ねてそろそろ戻ろう?と説得しているだけ。
なのにアイリーンは激しくおびえ、恐怖する。

ジョリオンが彼女の離婚に手を貸し、守る。
(…これは…?この二人…?)

アイリーンの嫌悪にジョリオンが裏付けを与えたことで、こちらも「もしかして…」という気持ちが芽生える。
「何か」が起きた。
でも、ソームズはそれを悪いことだと思っていない。
あまりにも何も思っていないので、「さほどでもないことなのか?」とさえ思う。

この両側の食い違い、齟齬の描写がすごい。
ここにきて、ゴールズワージーすごい、と思うようになる。

このお行儀よく美しい描写がもどかしい。
しかし、不仲夫婦でいた時よりも、アイリーンが魅力的になっているのも確かだ。

この「自分の足で立っていない」と評されていた女性が家出をして別居するほどの「なにか」。


話は三代目たちに移行した。
ジョリオンとアイリーン、くっつけばいいのになと思っていたら、ゆっくりゆっくり仲良くなって、本当に結婚してしまった。
(正直、マジで?と思った)

虚仮にされまくったソームズくん。
彼にはどうしても何が悪いのか、どうして嫌われるのかわからない。
ストーカーとは少し違う。
本当にわからない。

そして、アイリーンにいつまでも恋している。
その思いは純粋ですらある。
(しつこいからイライラするけど)

ただ、彼はアイリーンを一個の人間として対等に尊重してはいない。
そのような愛し方を知らない、出来ない、わからないの三ない状態。

しかし、ここでアイリーンがジョリオンと結婚してしまった所で、執着はあるがやっとあきらめの境地に達した。
所属する男性がいるから、手を出せない。

「別の男性に所属したからあきらめる」という理由がまた腹が立つ。
これが、アイリーンがひとりだちしていたなら、しつこくいつまでも追いかけていただろう。
ジョリオンはアイリーンの気持ちも、ソームズの性質もわかっているので、二人を一切、会わせないように配慮している。

最初はおじいちゃんやアンおばという年寄りからはじまったこの話、あとになるにつれてどんどん話の中心人物たちが若返っている。


そしてソームズの娘フレールとアイリーンの息子ジョーが運命の出会いをする。(…!)
ホリーとヴァルといい、ちょっと恋に落ちるの早すぎないかこのイトコたち。面白いからいいけど。

二人の会話が初々しく可愛らしく、ロマンチックで美しい。
フレールはジョーと結婚できるのか?
ラストスパートに入って、がぜん目が離せなくなってきた。

最初はどうしてソームズがこんなにも主人公づらして出てきているのだろうと思っていた。
途中で性的虐待かDVを疑わせる描写もあり、何十年たってなお、ストーカーまがいの行動を起こす彼に、本当にソームズ大嫌い!と思っていたのに…。

ここに到って、結局、アイリーンゲットなるか?ならないか?

(ゲットとはつまり、アイリーンの血とソームズの血が子供たちを通じて間接的に混じり合うこと。)

しかも、中盤であれほどソームズ最悪!アイリーンを解放してやれよ!と思って読んでいた私すら、「ゲットしてもこれは我慢してあげても良いのでは…」などと思い始める始末。

緻密な描写だからなんだろう。説得力がすごい。
そしてこの第三世代の二人の愛の描写がすばらしく美しい。

後の世代は、過去の世代の負債を負わなければならないのか?
(これはハーバード白熱教室のサンデル教授も聞いていた)
愛は確執を越えられるか?

ソームズとアイリーンの「何か」はただストーカー対策とか、夫婦間のレイプは許されないとか、DVシェルター、性の不一致など、一般化されたアイコンでは片づけられず、単純でなくてもっとからみあっているようだ。

それがジョリオンとの結婚で傷も癒され、時間薬でお互い静かに幸せになっていたように見えたのに。



!--ここからはネタバレです--!




結局、物欲の象徴ソームズは、美の象徴アイリーンを手に入れられずに終わった。

仕方ないと思うけれど、あまりにも可愛かった恋人たちの別れ。
シンプルにがっかりした。

フレールがかわいそうだった。
ジューンの慰めも役に立たない。

途中で懸念はあった。
アイリーンがあまりにも美化されて書かれてきているので、後半で出てきた小娘がこのfatal ladyにかなうだろうか?と。

ソームズは絵を買うのが趣味であったりする。たぶん、彼は純粋に美しいものが好きなのだ。
美しい絵を眺める姿の裏側に、アイリーンへの思いがある。
再婚しても、娘をもうけても、絵を買い占めても満たされない、手の届かない憧れがある。

若い恋人たちはそういう象徴の意味を強調するための犠牲となったのか!?
と言ってしまいそうになる。
愛による融和を見せて欲しかった…。

結局、フォーサイトの人だから仕方ない?

しかしここまで緻密につむがれてきた物語だ。

ジョリオンは息子に事情を打ち明けた。
ジョーは悩んだ。
母はジョーに答えを預けた。
結婚したいなら、それならそれでかまわないと。

最後の最後で、フレールとのことを話すために訪れてきたソームズとアイリーンが思いがけない鉢合わせ。
二人がいるところを見て、瞬間的に、感覚的に、ジョーが「むり」という結論を出した所に、恐ろしいほどの悲しい説得力があった。
やはりこれは仕方ない…のか。

この話、やはり「起きた何か」が肝なのだ。
そこがお行儀よくぼんやり・やんわりなので、映画化されても「…????」という感じになるのはわかる。

ソームズのアイリーンに対する執着は物欲というより、longing?yearning of beauty?

けど勝手に美の象徴にされて追いかけまわされ、最後までじっと黙ってほとんど話さないアイリーンという女性の思いは、意思は、傷は、なかったことにできない。
口をつぐんで黙っているからといって、起きた「なにか」は許されていい種類のものではないこと。
ジョリオンが阻み、息子のジョーが自分の恋愛を捨てても排除しなければならないと断定する種類のものであったこと。
美しいふんわりした風景、表現のなかで、ゴールズワージーの「そこは譲れない。譲ってはいけない」というはっきりとした意図を感じた。


ラストを飾るのは何とソームズ本人。
わびしげに遠くからアイリーンのことを思う。
憧憬を感じつつも、これほどまでに求めながらも、幸せにはどうしても手が届かない。
決定的に切り離されている。
それがソームズの、「The Man of Property」フォーサイト家の宿命ということだった。


ここまでこの物語を長々とご紹介してきたわけだが、私は英語の専門ではなく完全独学なので、読み間違えている可能性もある。
noteの誰かぜひこの作品に挑戦していただき、「そこは違うと思うよ」とか、「こう書いてるよ」と言ってくれる人を切実に求めている。

誰か読んでみてくれーーー!!!
と思ってこの記事を書きました。
読んで損はさせない作品です。

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