長靴をはいた猫

序幕

 国王から王子を預かった乳母が病に倒れている間、何故か俺に王子が押し付けられて、何故か懐かれてしまったのでそのまま世話係に任命された。それが、今から五年前のこと。

 当時十歳の少年に大役を押し付けるのはどうかとは思うんだけども、王子の身に何かが起こった時に切り捨てても問題なく、ある程度は赤ん坊の世話の出来る人間、となると城内では限られていたんじゃないだろうか。そんな風に客観的に自己分析をしてみたら、何か、同情された。自信を持てと。とはいえ、あながち間違いではなかったんだろうな、とは思ってる。

 さて、王子の世話係という仕事の厄介な所は、王子の我が儘に振り回されるということが決定していること。勿論、常識と照らし合わせて問題があれば叱る。それも、仕事。ただ、その結果大泣きされてしまった場合、どうすればいいのさ。

「王子ー」

 泣く。

「話聞いて下さいよー」

 無視。

「俺が泣かせたみたいじゃないですかー」

 あ、これは事実。

 周囲を見渡しても、誰もいない。泣いている王子を放置することは出来ないが、対応しきれない。そう判断し、下働きの者達は高官に見つかる前に逃げ出したんだろうな。そして、ここは高官が滅多に通らない裏庭。大声で王子が泣いているので、慌てて駆けつけてくるか、慌てて道を変えるか。現時点では、後者が多いっぽい。

 そもそもの発端は、王子が可愛がっていた小鳥が死んだことにある。他国でよく聞く権力争いに巻き込まれた、というような血生臭い理由ではなく、単純に寿命だった。まず、王子はこれに泣いた。

 次に、小鳥を俺の所へ持ってきた。朝食を運んでいる最中だったので、少々慌てた。とにかく、部屋についてから話を聞けば、動かないから直して欲しいと言う。どれだけ世間知らずなんだよ、と思ったことは心の内に止め、無理だと告げた。すると、二度目の大泣きが来た。

 最後に墓を作ってやることになった。俺が穴を掘ってやり、小鳥を横たえて埋めてやる。その間に王子は供える花を探していたのだが――三度目の大泣き発生。目当ての花がない。咲かせろとの命令がきた。無理だと答えて四度目の涙。無理なものは無理だから仕方がないが、罪悪感が胸を締め付ける。

 とりあえず王子を抱き上げ、あやす。子供扱いするなと暴れられるが、今は落ち着かせることが先決ね。そろそろ、こっそり様子を伺っている奴らの目が痛い。

「王子、俺はいなくなりませんから。ほら、泣かないで」

「……ほんと? エルザの代わりにずっといる?」

 エルザというのが死んだ小鳥。政務で忙しい親にかわって寂しさを埋める存在となるよう、王や王妃が王子三歳の誕生日に贈った綺麗な小鳥。王子にとっては、とても大きな存在だったその小鳥の代わりになれるかどうかは不安だ。それでも。

「出来る限りは」

 あなたに寂しい思いをさせはしない。

 なんて、使命感に燃えていた自分に未来を見せて思いとどまらせてやりたいな、と思う今日この頃。

 これは、自由気ままに生きてきた俺のお話。

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