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冷蔵庫にまつわる、自分の辛さだけを辛がってた話

数年前の11月、冷蔵庫が壊れた。
冷凍室を開けたところ、食品が溶けていて気づいた。
ふだんから冷蔵・冷凍室ともにたいしてモノを詰め込んでいないので被害はそれほどでもないのだが、安いときにまとめ買いして冷凍しといたスープ用の鶏ガラが2袋あり、溶けてポリ袋からドリップがにじみ、あたりが薄赤い汁でびたびたに濡れていた。
涙目になりながら処理し、拭き掃除をした。

実はこのとき、ひどく落ち込んでいる時期だった。
ずっと続けてきた仕事でそれなりに評価されているはずだったのに、依頼された案件が延期になったり中止になったり、条件が悪くて続けられなかったり、次につながらなかったり、仕方なく凌ぎでやっている仕事で低く扱われたり…。
ずっと目指して頑張ってきた目標も、諦めたほうがラクになれるのかも…と追い詰められた。
業界全体の調子がよくないというのはわかっていたが、それを理由にするのは、自分の実力不足から目を逸らすことのような気がした。
入金も滞っていて、ここをなんとか耐えて乗り切れば…と思っていたポイントを越えてしまった。
こんなはずじゃなかった、と思った。
今までやってきたことすべてが間違っていたんじゃないか、という考えにとらわれた。
人間関係にも行き詰まりを感じていて、悲しいことも起こったし、傍からはわりと友達多く楽しくやっているように見えていたかもしれないけど、心を打ち明けられる人がいないと感じていた。
経済的に不安があると、付き合いも悪くなり、悪循環だ。
もう生きてても何もいいこと起こらないよな…という気持ちで、持ち物の整理をしていた(ウツ傾向のときに部屋がきれいになっていくのは、自分あるあるだ)。

そういうときに冷蔵庫が壊れたら、精神的ダメージが半端ない。
すぐに買い換えよう!という気になんかならない。
何しろ先立つものがない。
これからいつまで生きるのか…という暗澹たる気分でいるのに、長く使うための家電に興味が湧くはずない。
すべてが面倒くさいので料理する意欲もない。

というわけで、しばらく冷蔵庫なしで過ごすことにした。
幸い、冬だ。
冷えない冷蔵庫は調味料や瓶詰めなどの単なる食品置き場にして、古くなってた余分なものは一掃した。
使い切れる簡単な食材だけ買って工夫し、栄養が偏りすぎないよう留意した。
ビールや牛乳などはベランダのボックスに入れて冷やした。
外気温ビール、なかなかいい感じだ。
大好きなチェコ映画『スイート・スイート ・ビレッジ』に出てきた「地下室の階段の7段目に置いたビールが、最もちょうどよく冷える」というセリフを思い出す。
こうやってやりくりするのはサバイバル感がともなって、ちょっと楽しくなってきた。

年末年始はTOEICの勉強をしようと家にこもり、地味に過ぎていった。
それまで仕事で英語を使うことも多かったが、TOEICは大学卒業時から受けたことがなかったため、転職を考えるならそれなりの点数を持っておくと良いかもと思ったのだ。
久しぶりの試験は、英語力以前に、風邪を引きかけたり、マークシートの書き方とか時間配分がわかってなかったりで、けっこう戸惑った。
そうこうするうちに気がまぎれ、1月も半ばになると入金もあり、そろそろ冷蔵庫を買うかと重い腰を上げた。
うちにちょうどいいと思う機種が、調べたら思ってたほど高くなかったというのもある。
新しくきれいな冷蔵庫が届いてみるとやはり気分よく、ブランクがあったぶん便利さにも感動し、なんだかんだと年月が過ぎて今に至るのだった。

家電が壊れるなんて、みんなが経験してる

あのときの心境は、自分は一人で苦しんでいて誰にもわかってもらえない、であった。
みんなけっこう冷たいんだよな、という諦めを感じていた。
それからずいぶん経ったある日、SNSを流し見ていたら、知り合いが「洗濯機とプリンタが急な不調。どうして家電は一度に壊れるんだろう。つらい」と投稿していて、「ふ〜ん」と通り過ぎようとしてハッとした。
いま私も、冷たかったかな…?
でもふだん特にやりとりしない相手だし、イイネする内容でもないし、心の中で「大変だね」とつぶやいて通り過ぎた。
そして冷蔵庫が壊れたころの自分のSNSを探して見返してみると、「冷蔵庫がご臨終! 鶏ガラが溶けて悲惨〜〜ww ぴえん」「ベランダビール、うまいw」みたいな、たいして深刻でもなさそうな内容だった。
こりゃ「ふ〜ん」と通り過ぎられても仕方ない笑。
辛い気持ちを覆い隠すようにふざけてしまうのも、自分あるあるなのだった。

この気づきの日以来、誰かの家電が壊れたり、住宅の修理が必要になったりしたときは、共感・同情の言葉を3倍増しくらいでかけることにしている。
別に大袈裟なリアクションをすることもないけど、軽く流さないというか。
意識して聞いていると、常に世の中のあちこちの家で冷蔵庫が壊れたり、エアコンが動かなくなったり、家電が連鎖してダメになったり、水回りの修理でン十万かかったりしているのだなぁ。
誰にでも起こるありふれたトラブルだけど、自分に降りかかったら凹むし、人の話は平凡に聞こえる。
相手にももしかしたらこちらが想像する以上の何かがあるのかもしれない…と、あの日の自分を向こうに透かし見るようになったのだ。
や〜、それにしても生きてくってホント、物入りだよね。

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