悩みや苦しみを言語化したい

 何度も言うが、今カウンセリングに通っている。正直あまり役に立っている感じはしない。相変わらず状況はしっちゃかめっちゃかなままだが、一個だけ通ってよかったと思ったことがある。

 カウンセリングなので、カウンセラーと話をする。よく聞かれる、毎回聞かれるのが「なにか困りごとはないですか」という質問。
 あのな、なにも困ってない奴がカウンセリングに来るか? そう言いたいのを堪えて、最近困っていること、気になってしまうことについて話す。
 話したところで、「そうですか……」「それは困りましたね……」みたいな返答しか返ってこない。だから困ってるって言ってんだろ、そう言いたいのを必死に堪える。
 そして、カウンセラーに話す過程で、悩みや困りごとが整理されていることに気づいた。

 例えば、俺の目下の悩みは「金が無いこと」だった。今はある程度の収入があるのだが、給与みたいに安定した所得ではないし、これがいつまで続くか分からない。
 なんとかしてくれ、カウンセラーに相談したら「就職したらいいじゃん」みたいなことを言われた。そして次の悩みが「就職」になった。
 就職すればいいって、たしかにそうなんだけど。双極性障害を隠して一般雇用の道を選ぶのはもうしんどい。というか、前職もその前もダメだったから経験的にダメだと思う。かといって障害者雇用は給与水準が低いので乗り気になれない。障害をオープンにして一般雇用が理想だが、そんなうまい話はそうそうないだろう。

 しばらく押し問答があって、最終的に「働きたくない!」と言ってしまった。カウンセラーはすかさず「なぜ?」と追い打ちをかける。
 俺が働きたくないの、単純に働くのが嫌だというのがまずあるとして。仮にまた働きに出て、またダメになってしまうのが怖い。仕事でダメになるとき、過去を振り返ると、毎回自殺を企図するまで自分を追い込んでしまう。死ぬのは怖いし嫌だ、だから働くのも怖い。そういう思考の癖みたいなのが見つかった。
 だからなんなんだ、何も解決してないじゃねえかと思われるかもしれないが、俺にとっては働きたくない本当の理由が分かっただけでも大収穫だ。本当の理由が分かれば、そこに対処する方法を考えていける。まあ今のところなんのアイデアも無いですが。

 過去の自分を振り返ると、非常に抽象的な苦しみ方悩み方をしていた気がする。つらい、生きにくい、無力感がある、上手くいかない、気持ちが定まらない、落ち込む、みたいな。
 今だから言えることだが、もっと具体化すべきだった。たとえば「つらい」なら「どんなとき・どうつらいのか?」、生きにくいなら「どういう環境において、どのように生きにくいのか?」、無力感なら「なにをしている時に感じるのか?」、上手くいかないなら「なにがどうして上手くいかないのか?」、気持ちが定まらない・落ち込むに関して、そういう病気なのではなんとも言えない、すみません。

 悩み苦しみを具体化しないとなにが不味いか、一等不味いのが、解決に向けた適切なアプローチができないことだろう。俺の最初の悩みは「金が無いこと」だったが、じゃあたとえばカウンセラーが毎月一○○万円下さったら解決するか?
 想像したら笑顔になってしまったが、それは解決にはならないと思う。それは俺の本当の悩みじゃないから。金を貰って生活は安定するかもしれないが、きっと毎日同じようなことでグズグズ悩んでいるだろう。苦悩が抽象的・表層的だと、解決に至るプロセスも生まれてこないと思う。

 同じ理由で、他人からの支援も受けづらくなる。たとえば俺が友人たちに「生きづらいです、金ください」って言っても、どうしようもないだろう。幾ら要るかも分からねえ、本当に本人のためになるかも不明なところに金は出したくない、俺だって嫌だ。
 これが「双極性障害のためフルタイムで働くことが難しく、生計の手段に困っているので、支援をください」だったら、皆もまだサポートやアドバイスのしようがあるんじゃないか。

「つらい、苦しい、生きづらい」今までその気持ちばかりで胸がパンパンになっていたが、それだけを言われても周りはどうしたらいいか分からなかっただろう。
 俺はずっと一人で「苦しい」「つらい」と言い続けていた。親や友人のアドバイスはいつも見当外れで、俺がこんなに苦しんでいるのに、無責任なことばかり言いやがってと、恨み辛みが深まって、親子関係や友人関係は軋轢まくっていた。
 他人のアドバイスが見当外れに感じるのも、自分の苦悩を具体化・言語化できていない、自分の本当の苦悩に気づいていないせいだったんだろう。
 自分の本当の苦悩に気づけていれば、他人のアドバイスに対して否定的・感情的になることなく、もっと冷静に受け取れたかもしれない。

 自分の本当の苦悩と向き合うこと、それはそれで苦しいしつらい。特に、自分にとって情けないことや恥ずかしいこと、みっともないことであるとき、正直見て見ぬふりをしたい。俺はカウンセリング中に言葉が詰まったり、泣くこともしばしばある。
 でも絶対に言語化すべきだった。言語化しないと、苦悩を解決することはできないと言ってもいい。実際、今の今まで俺の悩みは片付かないままだし。

 カウンセリング、だいたい非保険だし、正直値段が高い。毎回支払いのたびに「次の予約はキャンセルしようかな」とか考えてしまう。妻とふたりで良いものを食いに行ったほうがいい気もする。
 ただ、なんらかの形では吐き出して、明瞭に言語化していかなきゃいけないとも思う。身近に優秀な聴き手がいればベストだが、そうでなければ壁に向かって自問自答する、あとはテキストに書き出すとかでもいいので。とにかく整理して、苦悩を外化する。

 精神疾患だけじゃない、たとえばちょっとした憂鬱、人生について、仕事について、あるいは恋愛などの内面的な悩みや苦しみは、骨が折れてるとか血が出てるとか咳が止まらないとかみたいに、傍目から見て明らかじゃない。痛みとかも感じない。他人にも、もしかしたら自分自身にも分からない、隠れた苦悩だろう。
 思い返せば、そういうものと向き合わない人生だった。なんとなくなんとかなったことも多くあるけど、多分どうにもならなかったことのほうが多い。俺は諸々の内的な問題と向き合っていくべきだし、その必要がある。

 解決のために、抽象的な苦しみつらさを言語化しなければいけない。でないと、妻や友人など周りの人も、そして俺自身も、俺を救うことができない。

 苦悩の棚卸、非常にしんどい。思い出したくないこと、考えたくないことだらけだし、できるならフワッと全部無くなってほしい。
 でも多分そうはなってくれない。このまま重荷を背負ったまま生きていくのもしんどい。早く下ろしたい。なので今向き合うしかない。

 辛いけど、やり続けるしか方法がない。
 今からでも遅くない、まだ間に合うと思いたい。

(おわり)

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