アリス・イン・ザ・マサクル - 54

第6話 「赤の女王」⑫

操られているのか……!
心の中で舌打ちをする。
どうする?
頭の中をグルグルと思考が回る。
ダーインスレイブを振るえるのは、多くてあと三回。
敵は目の前だ。
しかし……。
足に絡みつくこの人を、自分はどうしてあげることができるのだろうか。
歯を噛み締め、ジャックは足の痛みを無視することにした。
死に物狂いでダーインスレイブを掴み、わけの分からない言葉を叫びながら体を起こす。

「させない!」

ジャックは激痛の中絶叫した。
血走った目を見開き、彼は雄叫びを上げた。

「この子達を、これ以上嬲ることは許さない! この、私が!」

その目に、沼からもう一匹の巨大な沼蛇が鎌首をもたげたのが見える。
頭の部分に赤の女王が乗っていた。
ナイトメアはけたたましい声で嗤いながら、杖でジャックを指し示した。

「お前に何ができる!」

赤の女王は嗤った。
金切り声の声で、それはジャックに向かってがなりたてた。

「ちっぽけな人間! 何の力もない人間! クズのような、ゴミのようなその生命で何ができる!」
「…………!」

歯を噛み締め、ジャックは足にアルベールを絡みつかせたまま立ち上がった。
そして自分に向かって襲いかかろうとしている沼蛇に向けてダーインスレイブを構える。

「何もできない! 正解は『何もできない』だ!」

狂気をまとった嗤い声とともに、赤の女王が杖を振る。
沼蛇がズルズルと沼から体を引きずり出した。
そして完全に地上に現れ、数十メートルもの巨体、その尻尾を鞭のようにジャックに振るった。
ジャックが絶叫してそこに向けてダーインスレイブを振る。
二撃目。
それは沼蛇の胴体と尻尾を両断して吹き飛ばした。
そして空気の炸裂する音とともに、爆炎を上げる。
しかし粉々に飛び散った沼蛇は、ボタボタと地面に垂れ下がると、そこから再生を始めた。
ビデオを逆再生するかのようにゆっくりとせり上がっていき、赤の女王を中枢にするかのように元に戻っていく。

「お前は! 何も! できない!」

ケタケタケタと赤の女王が嗤う。
金切り声のそれを聞き、ジャックは飛び出しそうに凄まじい速度で脈動する心臓を、服の上から押さえた。
そして胸を強く握る。
血走った目、鼻からツゥ……と血が流れ落ち始めた。
額には血管が浮き、噛み締めた歯からはガチガチと鳴る音が響いている。
しかし、彼はまた強くダーインスレイブを握り、ためらいもなく真正面に振り下ろした。
それは予想外だったのか、赤の女王の目が見開かれる。
三回目の斬撃は正確に赤の女王に向かって飛んでいったが、ナイトメアはすんでのところで体を捻ってそれをかわした。
しかし、空気の渦が彼女の右腕をかすめ、凄まじい力でねじり切る。

「ギャアアアアアアア!」

陰惨な絶叫を上げ、沼蛇の頭の上から赤の女王が転がり落ちた。
一拍遅れてドチャリ……とそれの右腕が地面に転がる。
ジャックは歯を噛み締めながら、足を振り上げてその腕を踏みつけた。

「いいや! 違う!」

彼の叫びが空を切った。
千切れた右肩を押さえ、ヒィ、ヒィと泣き笑いのように息をしている赤の女王が顔を上げる。
ジャックは満身創痍の顔で、しかし目はらんらんと輝かせて赤の女王を睨みつけた。
その猛獣のような瞳の輝きを見て、ナイトメアが息を呑み、後ずさる。

「私は! 私達は!」

ジャックはもう一度、ダーインスレイブを構えた。

「理不尽になど負けない……負けない! 私は! お前を……貴様を! ……殺すッ!」

足に白骨死体を絡みつかせながら、ジャックは赤の女王に向けて四撃目の斬撃を放った。
大上段から振り下ろされたはそれは、地面を削りながら赤の女王に向けて殺到した。
ナイトメアが悲鳴を上げて杖を振る。
沼蛇がいくつも沼から飛び出してきて、斬撃に向かって襲いかかる。
周囲に土煙と爆炎が吹き荒れた。
斬撃は途中で止められ、生き残った沼蛇が数匹ジャックに向かって殺到した。
そして一匹が、彼の腹部に深々と突き刺さり向こう側に抜ける。

「ガッ……」

ジャックは一瞬硬直し、凄まじい勢いで血を吐き散らした。
その様子を見て、赤の女王は口を裂けそうな程開き、ニィィィ……と笑い……。
その顔が、ゆっくりと恐怖に引きつった。
腹部を沼蛇に貫通されながら、ジャックはためらいもなくダーインスレイブを更に構えた。

――五撃目だった。

悲鳴を上げて逃げ出そうとした赤の女王の腹部を、空気の渦が薙ぐ。
汚らしい絶叫があたりに響いた。
土煙と爆炎。
数秒後、ジャックは腹部からズルリと抜けた沼蛇に支えられていた体が崩れ、その場に力なく転がった。
少し離れた場所に、腹部から両断された赤の女王が痙攣している。
能力が切れたのか、アルベールの口がジャックの足から離れた。
噛まれていた右足はズタズタになり、骨が見えていた。

「ググ……ゲゲ……」

赤の女王はまだ呻きながらも生きていたようだった。
ジャックは、数歩後ろで呆然と立ちつくしているイベリスに向かって、血まみれの顔でニィと微笑んでみせた。
イベリスがよろめきながら這って近づき、ジャックとアルベールの脇に崩れ落ちる。

「ああ……ああああ……」

少女は呻くことしかできなかった。

――致命傷だった。

腹部から止め処なく血を流しているジャックに震える手を伸ばし、イベリスは傷口を何とか押さえようとしていた。
次から次へと血は流れ出していた。
ジャックは血にまみれた手を上げ、そっとイベリスの顔を撫でた。
そしてアルベールの手を掴み、イベリスに握らせる。

「ああ……う……ああああ……」

言葉を発することができず、うめき声しか上げられないイベリスに、ジャックはもう一度微笑みかけ……その体を強く突き飛ばした。
イベリスがアルベールを抱きながら後ろに転がる。
その目に、ジャックがポケットから取り出した爆薬のスイッチを押すのが見えた。

――悲鳴を上げた。

イベリスの目の前で火柱がいくつも吹き上がった。
ジャックと赤の女王を囲むように爆薬が炸裂していき、シェルターが崩落を始める。
崩れ落ちていく地盤を前に、イベリスは飲み込まれていくジャックを見送ることしかできなかった。
赤の女王とともに、地盤の底に落ち込んでいくジャック。
彼は、落盤に視界を遮られる寸前に、またイベリスに向かって微笑みかけた。

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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