アリス・イン・ザ・マサクル - 66

第8話 「ウミガメモドキ」⑥

ラフィとイベリスが出ていった部屋の中で、ステルシスは表情を落とし、ウミガメモドキのことを見下ろしていた。
少女の形をしたナイトメアは、両膝を抱えてポケットから何かの種のようなものを取り出し、口に入れて咀嚼している。
ステルシスは自分の方を見ようとしない彼女に言葉を投げかけようとしたが、口をつぐんで、床に膝をついている男女を見回した。

「引き続き監視の目を怠らぬよう。行きなさい」
「……宜しいのですか?」

そのうちの男が一人、口を開く。
ステルシスは唇を噛んで頷いた。

「ええ。ここであの方々と戦闘を起こせば、必ずいらぬ死を招きます。それだけは避けねばなりません」
「……おとなしく出ていってくれればいいけどね」

ウミガメモドキがボソッと呟くように言う。
彼女の言葉を聞いて、膝をついていた女性が口を開いた。

「やはり、シェルターの外に追い出すのはリスクが高すぎると思います。それが起因して、いつ何時オリジナル達にここがバレるか、分かりませんし……」

ウミガメモドキは何かを咀嚼しながら、苛立ったように自分の親指の爪を噛んでいた。
その彼女の頭にそっと手を伸ばし、ステルシスが優しく撫でた。

「安心して、ウミ。あなたが怖がることは何もないわ」
「…………」
「もしものときは、私が全てを終わらせる。私のバンダースナッチで……」

呟いたステルシスの髪が、風も吹いていないのにざわざわと揺れていた。
ウミガメモドキが顔を上げて彼女を見上げ、小さな声を発した。

「頼むよ、ウミ。私を守ってね?」

「おとなしく出てきてしまったけど……どうするの?」

イベリスに問いかけられ、ラフィは彼女の病室内の床に飛び降りた。
そしてその顔を見上げる。

「期限は明日の昼までだ。まずは……アリス達に話をした方がいいと思う」
「それはそうだけれど……」

イベリスは口ごもった後、ためらうように言った。

「……ねえ、あの子。アリスだけでもここに置いてもらうことはできないのかしら?」
「と……いうと?」
「分からない? あの子はもう、戦える状態ではないわ。戦力外だと言いたいわけじゃない。ただ、残酷だと思うのよ……」

最後の言葉が、尻すぼみになって自信なさげに消える。
ラフィは少し考えてから首を振った。

「多分……それはできないと思う」
「どうして?」
「あいつらが追い出したいのは僕や君ではない。おそらくアリスだ」
「……どういうこと?」
「ステルシスとか言ったか。あのドッペルゲンガーは多分気づいてる。アリスが、アーキタイプの干渉能力を持ってるって」
「何ですって?」

素っ頓狂な声を出してしまい、イベリスは慌てて口をつぐみ、声音を低くしてラフィに言った。

「……初耳よ。確かに、普通のドッペルゲンガーとは違うとは思っていたけれど……」
「そもそもアリスは、君達のように『システムが複製した』わけではないんだ。僕も知らない間に生み出されていた。それはつまり……」
「成る程ね……プロトシステムがまだ生きていて、書き出した可能性もあるわけか……」

顎に手を当てて考え込んでから、イベリスは小さく息をついた。

「どっち道ジリ貧ね。戦って負ける気はしないけど、あの女やナイトメアを殺したからと言って、何かが好転するわけでもないだろうし」
「そうだな。とれるべき策は……」

そこでコンコン、と扉が叩かれ、ラフィは口をつぐんだ。
空気の抜ける音がして扉が開き、フィルレインが顔を覗かせる。
僅かに憔悴したような彼女を見て、イベリスが口を開いた。

「ご苦労様。中に入って」
「ありがとうございます」

頭を下げてフィルレインが部屋に入り、扉を締める。
椅子に腰を下ろした彼女に、ラフィが問いかけた。

「アリスは?」
「今は薬が効いているのか、眠ってらっしゃいます。段々と現実が理解できているようではあるんですが……」

唇を噛んで、彼女は両手を膝の上で握りしめた。

「……私には、どうしてあげることもできなくて……」
「…………」

ラフィは口をつぐんで言葉を飲み込んだ。
そして小さくうつむく。
イベリスが彼らを見て、少ししてから口を開いた。

「……市民の受け入れは容認してもらえたけれど、私達四名は、明日の昼間までに、ここを出ていくようにということよ。勿論、危険なオリジナル達のコアを持ってね」

それを聞いて、フィルレインは弾かれたように顔を上げた。

「そんな……酷いです! アリス様を守ってはくださらないんですか!」
「残念ながらね……」

イベリスがかいつまんで先程あったことを説明する。
フィルレインはため息をついて視線を床に向けた。

「……そうですか。ここにはオリジナルナイトメアがいるんですね……」
「しかも人間と共存しているように見えたわ」

そう言ったイベリスの言葉にかぶせるように、ラフィが続けた。

「いや……そう『見える』だけだと思う」
「……どういうこと?」

イベリスに問いかけられ、ラフィは丸い目を彼女達に向けた。

「アレは、オリジナルナイトメアだ。人間ではない。それはつまり、どういうことか分かる?」

問い返されたイベリスが、一拍置いて青くなる。

「……まさか……」
「想像通りだとすると、受け入れられた生き残りの市民達の安全も保証はされない。いわゆる、こういう閉塞空間に『外』から来た異端物だ。僕達をすぐにでも遠ざけたいのは恐怖もあるからだろうけど……」

ラフィは口の端を歪め、怒りとも悲しみとも取れない表情をした。

「見せたくないものが、恐らくあるんだろう」

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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