アリス・イン・ザ・マサクル - 71

第8話 「ウミガメモドキ」⑪

イベリスの足が伸縮し、彼女とラフィは一気に街路樹へと引き寄せられた。
枝を掴んで曲芸師のようにくるりと回り、少女は肩にラフィをしがみつかせたまま地面に降り立った。
そのまま衝撃を殺すようにゴロゴロと地面を転がりざまに、もうほとんど反射的に、という動きで足で地面を叩いて跳躍する。
今までイベリスがいた場所に、正確に虹色の光が突き刺さった。
それは一瞬膨れ上がると、たちまち豪炎と爆音を立てて炸裂した。
まるでダイナマイトでも爆発させたかのような衝撃とともに、周囲に瓦礫と土煙、砕けたアスファルトが散乱する。

「……くっ……」

歯を噛んでイベリスは、近くの建物の影に飛び込んだ。
そして体を丸めて息を殺す。
周囲には逃げ惑う市民や、爆発に巻き込まれた人々の絶叫、呻き声がこだましていた。

「お構いなくか……敵味方……!」
「しっ……」

押し殺した声を発したラフィを制して、イベリスは懐から小さな鏡を取り出した。
そしてそれを自分の顔の方に向ける。
頭上を確認し、彼女は鏡を懐にしまった。
そして無言でラフィを抱えて、ゆらぎの足を踏み出して走り出す。
間一髪だった。
彼女達が通りに飛び出し、つんのめるようにして地面を転がったのと同時に、隠れていた建物が豪炎を上げて炸裂した。
白い光がシェルターの天井を焼くほどに膨れ上がり、爆発する。
一瞬視界が見えなくなり、イベリスは小さな悲鳴を上げて顔を手で覆い隠した。
凄まじい突風と土煙が吹き荒れ、吹き飛ばされそうになったラフィが慌ててイベリスのスカートにしがみつく。
イベリスは、いまだ吹き荒れている突風の中、顔を守りながら這うようにしてマンホールに近づいた。
そして蓋をずらし、体を滑り込ませられる程の隙間を無理やり開ける。
突風が収まったのと、マンホールの蓋がずれてしまったのはほぼ同時のことだった。

地下道は、他ならぬ二人の起こした貯水タンクの爆発により、濁った水でほぼ水没してしまっていた。
はしごを降り、途中から下水にためらいもなくイベリスが浮かぶ。
そして立ち漕ぎの要領で、暗い下水道を移動し始めた。
ラフィは頭上でまた大きな爆音が上がったのを聞いて、肩を小さく震わせた。

「……何だあのバンダースナッチは……アリスのものよりも破壊力と速度があるぞ」

思わず呟いて、彼はイベリスの肩の上から彼女を見た。

「よく避けられたな。僕には視認するだけで精一杯だった」

イベリスはぐちょぐちょの服から、小さなライトを取り出してスイッチを入れ、右手に構えた。
そして頭上で爆音が断続的に響いているのを確認してから口を開く。

「……あたしだって見えなかったわ。ただ、あたしがもしあのステルシスとかいう女だったら。地面から飛び出してきたら、こっちをどのように攻撃してくるか予想してただけよ」
「……流石だな。じゃあ君も、敵は見えていないのか」

ラフィが言うと、イベリスは冷たい下水道の壁に寄りかかって息をついた。

「今頃あいつらは、見失ったあたし達を攻撃して闇雲に街を破壊しはじめているわ。しばらくはここで身を潜めていた方がいいわね。確かに、あの破壊力と速さ……正面から戦うのは不利だわ……」
「かすりでもしたらアウトだな。だが分かった事はある」

ラフィは唾を飲み込んで、静かに言った。

「僕も君も、あいつらの姿を『見つけられなかった』ということは、あいつらはウミガメモドキの能力で『隠れて』いるということになる。しかし、飛来した光のようなバンダースナッチは一瞬見ることができた。どういうことか……分かるかい?」
「……つまり、ウミガメモドキの能力で認識を消すというセブンスは、限定的なもの……何らかの制約があるか……」

考え込んで、イベリスは続けた。

「……おそらく、認識を消せるものと消せないものがあるんだわ。どのくらいの数を消せるのかは分からないけれど、あの瞬間ステルシスの『バンダースナッチ』は消えていなかった。高速で飛んでくるのが見えたからね」
「僕もそう思う。多分、干渉能力が自分より強い存在……バンダースナッチとかにはセブンスを使うことができないんじゃないかな。自分が認識できないものは、消せない。簡単に言うとそういうものなのかもしれない」
「成る程ね……」

イベリスは爪を噛んで頭上を見上げた。

「……コトの真相がどうであれ、攻撃してくる瞬間はバンダースナッチを『視る』ことができる。これが鍵になればいいけど……」

息をついて、イベリスは頭上の破壊音が止んだのを感じて口をつぐんだ。

「……相手も馬鹿ではないわ。そろそろ次の手に出てくるはず」
「どうする……?」
「バンダースナッチが飛んできた場所から、おおよそのあいつらの位置は把握できてる。今、そこに向けて移動してる」

また泳ぎ始めながら、イベリスは足に意識を集中した。
ゆらぎの足が強い虹色に発光を始める。

「……こんなに強力な力を持ってるなんて、確かに『戦力を圧倒的に凌駕している』ってのたまうだけの事はあるわね。でも、戦いって単純な破壊力で決まるわけじゃないし」

イベリスはそう言って動きを止め、下水道の上を見上げた。

「あたし達の始末を狙っている相手からすると、ここまでされて逃げられるのは多分、とても癪。だからまず、逃げ道を塞ごうとするはず」

彼女がそう言った途端、轟音を立てて少し離れた場所から衝撃が走った。
下水が大きく波打つ程のうねりだった。

「……何をした……?」

青くなって口を開いたラフィに、イベリスは天井を見上げながら淡々と言った。

「多分、シェルターのこの区画……外部に出れる可能性のある場所を、破壊して回ってるんだと思う」
「逃げ場はなくなったってわけか……」
「下水道に隠れてることもすぐ気づかれるわ。でも、外部への逃げ道を塞いだのは悪手ね。これで一手稼ぐことができた」

イベリスは口の端を歪めて笑うと、スカートのポケットから小さな薬入れのような箱を取り出した。
そしてその背部のシールを剥がし、下水道の壁に押し付けて粘着させる。

「このまま一気に制圧するわよ」

彼女はそう言って、暗い表情で上を睨んだ。

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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