ラルロッザの学園都市 45

第33話 「信念の元に」 ③

学園都市下町の高級ホテル、デモンズクロウ。
三ツ星ランクで、貴族しか宿泊ができない庶民お断りの宿だ。
少し郊外にあるとはいえ、今日も大入り満員である。
森の奥にそびえ立つ宮殿のような建物は、観光名所にもなっている。
デモンズクロウ……その実は、世界中にネットワークを張り巡らせ、様々な過激な活動で暗躍する秘密組織「ロリコン友の会」の学園都市における拠点でもあった。
ロリコン友の会とは何か。
単純である。
小さな女の子を愛で、崇拝する。
そのためのいかなる犠牲も彼らはいとわない。
議員や官僚にもその特殊性癖の塊のような、業の深い奴らが潜入している。
この高級ホテルは仮の姿。
ロリコン友の会の重役達の隠れ家にも使われていた。

夜……少し肌寒い学園都市の風を浴びながら、白いタキシードをなびかせた男が、デモンズクロウの屋上、そのヘリに背中を伸ばして立っていた。
腕を組み、フゥ、と息をつく。
頭部が完全に馬だ。
白馬の頭をした彼は、フワッサァ、とたてがみを揺らしてアンニュイな顔をした。

「バルバロン様、ここにいらっしゃったのですか」

静かに声をかけ、デモンズクロウの総支配人である男……頭がヤギの中年男が、スーツのホコリを払いながら近づいた。
バルバロンというのは、白馬の彼の本名……そう、世を騒がす変態怪盗、馬ヘッドのことである。
馬ヘッドは振り返ると、支配人の顔を見て口を開いた。

「うむ。お前には世話になるな」
「勿体なきお言葉です。ロリコン友の会創始者たるあなたのお役に立てるのでしたら、全身全霊を賭けてサポートいたします」

頭を下げた支配人に頷く馬ヘッド。
しかし支配人は、怪訝そうに聞いた。

「して……今回のプリズンブレイクの目的は、何でしょうか……?」
「…………」
「友の会ネットワークは変わらず動作しております。異常も支障も見られてはおりません。それに、九十六回目の脱獄は、もう少し先の予定だった筈です」
「分かっている。だが、この滾るパトスを抑える事ができなかったのだ」

右手で握りこぶしを作った馬ヘッドの体から、ゆらゆらと黒い魔力が漏れ出す。
後ずさって支配人は言った。

「バルバロン様……! パトスとは……!」
「分からぬか。私は前回、この学園都市に足を運んだ際に、ターゲットのパンティを剥ぎ取ることさえ叶わずに撃退されてしまった」
「そ、それは……!」

頭を下げて、支配人が片膝をつく。

「おいたわしき事件でございました……」
「今となればもう、フィルレイン・ラインシュタイン嬢のパンティなどどうでもよい。気晴らしに城下町のおなご達の下着をかき集めたが……気が晴れぬ!」

ポケットに手を突っ込んで、大量のパンティを取り出し、馬ヘッドはそれを握りしめてワナワナと震えた。

「何度も何度も邪魔をされているが……もう許せぬ。あのデブ猫……! シュマルケンの奴を葬り去るために、私は九十六回目の脱獄をしたのだ!」
「何と!」

バッ、と顔を上げた支配人を見て、馬ヘッドはニヤリと笑った。

「前回の敗北で思い知ったよ……私は、戦いに対する気概が甘かった。パンティに……いや、幼女に対する熱い血潮が足りなかった! この愛を! 力に変換し切ることができなかったのだ!」

ギリギリ……とパンティ達を握りしめて、絞り出すように彼は続けた。

「次こそは負けぬ……! そしてシュマルケンさえ始末してしまえば、もうこの大陸で私を阻む者はいなくなる!」

バッ! とパンティを握った両手を広げて天に掲げ、白馬の魔獣は高らかに宣言した。

「大陸最強の変態は! 私だァ!」

馬ヘッド対策班が活動をはじめて、既に一週間が経過していた。
公安や魔獣駆除委員会がフル回転で動いているが、依然あの変態を捕まえる事ができていない。
それどころか、城下町の下着ドロの被害は増えるばかりだった。

「うーん……完全に踊らされてますね……」

ロッタを膝に乗せたセンがため息をつく。
今、彼らは学園を離れて城下町の公安本部に寝泊まりしていた。
与えられた棒付き飴をしゃぶっているロッタの頭を撫でながら、センは公安の皆さんを見回した。

「まだ誰も馬ヘッドの姿を見た人はいないんですよね?」
「そのようだな……」

ソファーに腰を下ろし、モッチャモッチャとバナナを食べているにゃんこ先生が口を開く。
馬ヘッドが学園にいるらしい、ということは分かっているのだが、肝心の奴が姿を見せない。
いつもは犯行予告の手紙をよこしてパンティを剥ぎ取るのだが、最近は通り魔的に下着を剥ぎ取って去っていくパターンだ。
もはや許しがたい変態である。

「……相手の動向が読めない以上、闇雲に探し回っても仕方ないですよ、師匠。それに、今回はどうも違和感を感じる。もしかしたら馬ヘッドを装った愉快犯の仕業かもしれません」
「うーむ……」

考え込んだにゃんこ先生が、バタバタと足音をたてて会議室に入ってきた魔獣駆除委員会の青年が口を開くのを横目で見た。

「シュマルケン大佐殿! またやられました!」
「今度はどこじゃ?」
「城下町の南区で、先程の十分間程で三十五件の通り魔(下着剥ぎ)が通報されています!」
「無差別テロかよ……」

ゲッソリした顔でセンが呟く。

「行くしかあるまい。フリンス、お前はここに残って連絡塔をしろ」
「分かりました」

公安の皆さんがにゃんこ先生に引き連れられて、ゾロゾロと会議室を出ていく。
大小様々な無線機がテーブルに乗っている。
センはそれらを操作しながら、膝の上のロッタの頭を撫でた。
彼女はまだ記憶を取り戻していない。
日常生活に支障はないのだが、話しかけても反応はないし、本当に赤ん坊に戻ってしまったかのようだ。
どうしても、何もしていないと不安になるのでにゃんこ先生の手伝いをしていたが……センは無意識にイライラと貧乏ゆすりをしていた。
それに気づいて、眉間を指先で押さえて息をつく。
……焦らなくても、あと二日でメルヘドスから解呪の薬が届くはずだ。
今が夜なので、もう二日を切っている。
それまでの辛抱だ……と自分の気持ちをなんとかセルフコントロールする。
チュパチュパと飴を舐めているロッタに、センは疲れたように声をかけた。

「……お前、元に戻ったら絶対乳揉んでやるからな。覚悟しろよ……割に合わねえ……」
「…………?」

きょとん、と首を傾げたロッタに、センはポツポツと続けた。

「だいたいお前はいつも、思わせぶりな態度しかとらねぇ。何もさせねえ。ハグもしねえ。キスもしねえ。健全な高校生男子がそれで何とか我慢してるんだぞ分かってんのか?」
「…………」

キャッキャとロッタが笑う。
センは目にクマが浮いた顔でそれを見た。

「くそー……ものの見事に小さくなりやがって。お前が悪いんだぞ。何もさせねえから、俺の劣情が溜まっておっぱいパブに足を向けるんだ。心のコントロールで必要なんだ。分かるか?」
「…………」

大きな目でセンを見たロッタの視線が、会議室の出入り口の方に向く。
その視線を追っていったセンが、紙袋を抱えて入ってきたゼマルディと、暗い表情で後に続いたアイカに向く。

「よぉ、まだ捕まんねぇの? 馬ヘッド」

ゼマルディがそう言って近づき、センの前に夜食の入った紙袋をドサッと置いた。

「あれ? バカ猫とか公安の皆さんは?」
「出動中。今度は南区に出たってさ」

ふわ~あ、と大きなあくびをして、センは栄養ドリンクの瓶をとって蓋を開け、中身を喉に流し込んだ。
ゼマルディに頭を撫でられて、ロッタがキャッキャと笑う。

「ほら、マロン。何ボサッとしてんだよ」

ゼマルディに言われ、下を向いていたアイカがハッとして、車椅子を操作してセンに近づいた。
そして彼女にしては珍しく、伺うようにケーキ箱を差し出す。

「あ……あの、シャトラーゼのミルクプリン買って来ましたの。食べてくださいまし……」
「おう、ありがとな」

センが小さく笑ってケーキ箱を受け取る。
そして蓋を開けて、中からプリンカップを取り出した。

「限定品じゃねえか。そう毎日何かしら持ってくるくらい、気ィ使わなくてもいいって」
「でも……」

アイカが視線をそらして小さな声で言う。

「わたくしのせいですし……」
「どーせ明後日には大魔王の薬で元に戻るんだ。もう気にすんなって。お前らしくないぞ」
「…………」

プリンの蓋をペリペリと剥がして、小さなスプーンと一緒にロッタに渡したセンを見て、アイカが口をつぐむ。
ロッタがプリンにスプーンを突っ込んで、口にかきこみはじめた。

「……で、馬ヘッドは結局どうなってんの?」

ゼマルディに聞かれて、センもプリンを食べながら彼を見上げて言った。

「全然。あのド変態を見たって目撃証言もまだないし、俺個人は、馬ヘッドを装ったロリコン友の会あたりの愉快犯がやってるんだと踏んでる」
「成る程な。今回の被害者は、全員何かしらで眠らされてるんだろ? 確かに、自己顕示欲の塊みたいなあの変態の動きとはちょっと違うな」
「だろ? まぁ、師匠の言うことによると、学園都市に馬ヘッドがいることは間違いないらしいんだけど、いまいち意図が掴め……」

そこまでセンが言った時だった。

「ふむ。察しが良い少年がいるな」

いきなり背後から声を投げかけられ、セン達がハッとして振り返る。
いろいろな情報が書き込んであるホワイトボードの上に、足を組んで腰を下ろした人影があった。
いつの間に侵入されたのか、全く分からなかった。
白いタキシード。
そして、馬の頭に白いたてがみ。
フワッサァ……とそれをなびかせ、彼——怪盗馬ヘッドはパチパチと手を叩いてみせた。

「正解だよ少年。今子女達の下着を剥ぎ取っているのは私ではない」
「馬ヘッド……!」

アイカが悲鳴のような声を上げる。
馬ヘッドは彼女を見てニッコリと笑った。

「やあ人魚のお嬢さん。しばらくぶりだね」
「畜生! 魔導感知器は働いてなかったのか!」

ロッタを抱えるようにして椅子を蹴立てて立ち上がり、センが後ずさる。
ゼマルディも慌ててアイカの前に立った。
馬ヘッドは肩をすくめて、やれやれと首を振った。

「おいおい……私の持つ第二禁呪は、そんなチンケな感知器には引っかからない。時たまわざと動作させることはあってもね」
「何ィ……?」

歯を噛んだセンが、馬ヘッドに向けて右手を伸ばす。
その手の平に魔力が集中し始めたのを見て、馬ヘッドは落ち着き払ったまま言った。

「やめておくんだね、少年。シュマルケンならいざしらず、どこぞの子供に私に傷をつけることなどできないよ」
「言うじゃねえか。試してみるか?」
「待て、セン」

ゼマルディがそう言って、パチッ、と壁の緊急サイレンボタンを押す。
けたたましいサイレンが署内に響き渡った。
次いで、自動的に建物の周りを封印結界が展開し始める。

「ほう、できる少年もいるな」
「災害時に建物を守るための封印だけど、足止めにはなるはずだ。にゃんこを呼べ!」
「しかし甘い」

馬ヘッドはそう言って、パチンッと指を鳴らした。
途端、彼の指から衝撃波のようなものが発せられ、ゼマルディが錐揉み回転をしながら吹っ飛んだ。

「マルディ!」

慌てて叫んたセンの目に、計器類に突っ込んだゼマルディの姿が映る。
アイカが慌てて携帯を取り出して連絡しようとし……彼女の背後に現れた馬ヘッドに携帯を奪い取られた。

「今日は、この対策本部を壊すために来ただけだよ。女の子を傷つけるつもりはない」

バキッ、と携帯を握りつぶして、馬ヘッドは腰の剣を抜き放った。

「野郎……!」

ロッタを抱えたまま、センが歯噛みする。
センが抱いている幼女に、そこで初めて馬ヘッドの視線がフォーカスした。

「……?」

馬の魔獣はしばらくキョトンとしていたが、やがてわなわなと震え出し、一歩、二歩と後ずさった。

「か……神か……?」
「……は?」
「貴様! その女神をよこせ!」

馬ヘッドが叫んで、ものすごい速度でセンに躍りかかる。
まさに猛り狂う馬に弾き飛ばされたかのように、センが衝撃波と共にふっとばされて壁に叩きつけられた。
放射状にレンガの壁にヒビが走り、センが崩れ落ちる。
キャッキャと笑うロッタを、わなわなと震える手でお姫様抱っこした馬ヘッドが、にっこりと相好を崩す。

「ま……待てコラァァ!」

センが絶叫する。
馬ヘッドはそれに答えずに、手に持っていた剣を無造作に振った。
爆音と土煙が吹き上がり、計器類が防風になぎ倒されたかのように砕けてバラバラと散る。

「ロッタ!」

絶叫したセンの目に、既に空間転移で馬ヘッドが消えた空間が映った。

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