アリス・イン・ザ・マサクル - 44

第6話 「赤の女王」②

「どいつもこいつもバカしかいないのかい!」

ヒステリックなガミガミ声で喚く赤の女王。
同じ、薄暗い部屋にはハンプティとジャバウォックがいた。
壁に寄りかかって腕を組んでいたライオン頭のバケモノが、静かに口を開く。

「……奴らのコアを奪い返さなければならないな」
「双子がやられたのは予想外だった。やはり二人の『アリス』を相手にするときついのかもしれん」

葉巻の煙を吐き出しながら、ハンプティが続けた。

「片方のバンダースナッチは覚醒も近いようだ。完全に覚醒する前に、潰しておく必要があるな」
「私が行く。異論はないね」

赤の女王がギリギリと歯ぎしりをしながら言った。
ハンプティとジャバウォックが顔を見合わせる。
ジャバウォックが肩をすくめると、卵のバケモノは赤の女王を見て口を開いた。

「赤の。お前が出ると跡形も残らん」
「順番的に言うと私の番のはずだ! 二度も仕留め損なったお前に押さえられるいわれはないんだよ!」

指をさされてガミガミと怒鳴りつけられ、ハンプティは息をついた。

「まぁ……好きにするといい。ただし俺とジャバウォックは協力をしない」
「お前らの協力なんているものか!」

押し殺した声で嗤い、赤の女王は曲がった背中を震わせた。
その口元からポタリとよだれが垂れる。
そのよだれは何の反応もなく、丸い穴を床に穿った。
そこから白い煙が立ちのぼる。
上気して瞳孔が開いた顔で、赤の女王はハンプティを睨みつけた。

「私一人で十分さね……」

暗い、呟きのような声は淀んだ部屋の中にたゆたって、そして消えた。

息が苦しい。
頭が痛い。
アリスはそう思って緩慢に目を開けた。
薄暗い集中治療室の中だった。
仰向けに寝かされ、体には毛布がかかっている。
腕には何箇所も点滴が刺さっていて、口には酸素の呼吸器がついていた。
手をゆっくりと動かし、呼吸器を外す。
そして何度か息を吸って、吐いてを繰り返す。
上半身を起こして周りを見回すと、夜中なのか看護師はいなかった。
小さく咳をしてから頭を押さえる。

――あの夢は……。

何だったのだろう。
モザイク顔の青年……ラフィが、ジャバウォックというナイトメアに首を折られて捨てられた。
そして……。
穴の中に埋まっていたのは私。
いや、違う。
『本物』のアリス。
そうだ。

――私は『偽物』なんだ。

そう思って吐き気がこみ上げてくる。
不快感に体を丸めた。

「目が覚めたかい?」

呼びかけられ、そこでアリスは顔を上げた。
少し離れた場所の床に、黒猫のラフィが座っていた。
アリスは猫から視線を離すと、毛布を掴んで俯いた。

「……私は、どうしたの?」
「まだ無理な動きはしないほうがいい。君の脳に多大な負荷がかかったんだ。うまく歩く事もできないはずだ」
「負けたの……? 私……」

ポツリとそう聞くと、ラフィは少し考えて頷いた。

「ああ。イベリスが君を助けてくれた。君は、トゥイードルディとトゥイードルダムのセブンスにやられて、殺されかけていた」
「あの人が……?」
「そうだ。朝になったらお礼を言っておくといい」
「…………」

つらそうに顔を歪め、アリスは小さく呟いた。

「見捨ててくれて、良かったのに……」
「…………」

ラフィはそれに対しては言葉を返さず、アリスに近づいてベッドの脇に座り込んだ。

「……教えて。あなたが知ってることを」

アリスにそう言われ、ラフィは頷いた。

「分かった。その覚悟ができているなら、僕が知っていることを君に教えよう」
「…………」

憔悴した顔で自分を見下ろしたアリスに、ラフィは静かに言った。

「ナイトメアは『セブンス』と呼ばれる超能力のようなものを使う。一体につきひとつ。オリジナルはセブンスを持っている」

アリスの脳裏に、帽子屋やハンプティ・ダンプティの姿がよぎる。

「オリジナルナイトメアには、それを構成する核がある。帽子屋のものを抜き取ったのを覚えているかい?」
「うん……」
「何故核を抜き取ったのか。それは、オリジナルは核さえ無事なら、何度でも無限に再生できるんだ」

ラフィが口にしたあまりにも無残な事実に、アリスは息を呑んで絶句した。
そして弾かれたように、戸棚に入っているはずのナイトメアの核の方を見る。
それを見てラフィは首を振った。

「大丈夫。復活させるためには相応の儀式が必要になる。僕達が持っている限り、再生はしない」
「…………」
「そして、ここからが重要なんだ。よく聞いてくれ。アリス」

ラフィは少女を見上げ、静かな声で言った。

「君にもセブンスが備わっている。その意味が……分かるね?」

アリスは目を見開いた。
そして胸を押さえ、言葉を発しようとして失敗する。
しばらくして彼女はまた俯き、小さな声で言った。

「私も……ナイトメアなんだ……」

ラフィは少しの間アリスを見上げていたが、やがて頷いて続けた。

「そうだね。君はナイトメアだ。そして君の中にいるバンダースナッチもナイトメアなんだ。君達アリスは、バンダースナッチを制御することができるというセブンスを持っている」
「どうして……教えてくれなかったの?」

ラフィはしばらく沈黙してから、淡々と答えた。

「君は記憶を失っていた。すなわち、君達はオリジナルの『原初アリス』のコピーナイトメアであるという、前提の事実を知らなかった。僕には、それが眩しかった」
「眩しい……?」
「生まれたコピーアリス達は、どこか諦めたような、達観した精神を持っていることが殆どだ。でも君は違った。恐怖するし、絶望もするし……喜んだりもする。僕は、そんな君を守りたいと思った。だから一緒にいた」
「…………」
「まるで、アーキアリスを見ているかのようだったんだよ」

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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