アリス・イン・ザ・マサクル - 45

第6話 「赤の女王」③

「……アーキアリス……『本物』のアリスって、どういう人だったの?」

アリスがそう問いかけると、ラフィは丸い目で彼女を見上げた。
そして首を振ってから答える。

「それは違うよ、アリス。君達……いや、君は『偽物』なんかじゃない。確かに君達はアーキアリスのドッペルゲンガー、つまりシステムにより複製されたクローンのようなものだ」
「…………」
「でも、君達個々には『魂』がある。その魂はアーキアリスのものではない」

ラフィは息を吸ってから、はっきりと言った。

「君のものだ」

アリスは驚いたようにラフィを見た。
しかしすぐに視線を外して、自分の手を見つめる。
熱のせいかそれは揺らいで見えた。

「造られた存在……だとしても?」
「…………」
「ラフィに私の気持ちは分からないよ。私は……私は……」

黙り込んだラフィに向けて、アリスは両手で顔を覆って言葉を絞り出した。

「死ぬべきだったんだよ……」

ラフィは暫くの間沈黙していたが、やがて息をついて口を開いた。

「教えてあげるよ、アリス。このアポカリクファの終焉に向かう『世界』が一体何なのか。君に、それを知る勇気があるのなら」
「…………」

アリスは顔を上げ、涙に濡れた顔でラフィを見た。
そして震える声を発する。

「私には……その勇気がないよ……」
「…………」
「でも……」

少女は小さく震えながら続けた。

「多分、それを知らなければいけない……そうなんでしょ?」
「酷なことは分かってる。多分真実を知ったら、君はすべての希望をなくすだろう。でも、知らないと前に進むことはできない」

ラフィの無残な断言を聞いて、アリスは歯を噛んだ。
沈黙が流れる。
空調のゴウンゴウンという静かな音だけが部屋に響いていた。
やがて、アリスはラフィから視線を離したまま呟くように言った。

「……教えて。すべてを」

彼女の小さな声を聞き、ラフィは息を吸ってから声を発した。

「……この世界は、現実の世界ではない」

ラフィの言葉の意味を理解できずに、アリスはやつれた顔を彼に向けた。

「え……?」
「ここの正式名称は『M.R.O.S(モース)』……Mental Rescue Online System という」
「……何を……言っているの?」
「聞くんだ」

わななく少女の声を打ち消し、ラフィは淡々と続けた。

「この世界の『外』で、精神に重大な障害を負った人間の治療を目的としたシステムの中なんだ、ここは。つまりここは仮想現実。バーチャルサーバーの一つさ」
「…………」
「僕達は実体を持たないデータの一つ。そう、君も同じだ」

ラフィの言葉に、アリスは乾いた笑いを発して返した。

「そんな……嘘よ。私達がデータ……?」
「…………」
「だって体はここにあるじゃない……? あなただってここにいるじゃない? ほ、ほら……手を伸ばせば触れる」

ラフィに触れるアリス。
しかし黒猫は首を振った。

「そう思っているだけだ。僕達に実体は存在しない」
「…………」

言葉をなくして停止したアリスに、ラフィは残酷に続けた。

「この電子サーバーの中に、精神に傷を負った人間の意識をダウンロードして格納し、癒やす。そして癒えた後、現実世界の頭の中にエクスポート……『治療』する。ラビリンスとは、そのための医療機関の名前だ」
「癒やす……? こんな世界で……?」

アリスは黒猫の両肩を掴んで大声を上げた。

「こんな世界で何を癒やすって言うの!」

少女の叫びを間近で受けて、ラフィは顔色も変えずに言った。

「……この世界は壊れてしまった。五年前から、外部との連絡が一切絶たれている。僕にもその理由は分からない」
「…………」
「人を癒やすためのシステムは、格納されている人の『意識』を掴んで離さない『檻』と化した。ジャックも、フィルレインも、元はM.R.O.Sに格納された『治療』されている重病人なんだ」
「……そんな……」
「最も、ラビリンスに意識をダウンロードされた際には、過去の記憶の大部分は消されている。治療の妨げになるからね。故に、彼らはこの世界が電子の世界だということを知らない」
「残酷……すぎる……」

わななく声でそう呟き、アリスは手をラフィから離して俯いた。

「人の意識とは『魂』のようなものだ。魂がなくなったら人はどうなるか? ……そう、死ぬ。ここでの死は、おそらく現実世界での死にも直結する。そういう意味では、ここが虚構なのか真実なのかを、僕は断言することはできない」
「……私達……ナイトメアは、どうして生み出されたの……?」
「…………」

アリスの問いに沈黙を返し、ラフィは息をついた。

「……僕達は、患者を癒すためのプログラム生命体だ。でも、五年前にラビリンスに何かが起こり、システムが壊滅的な被害を受けた。そして大部分の治療システムが、逆に『人を殺す』ための動きをするようになった。黒い雨も、汚染された大気もすべてがそれだよ。アーキアリスもそれに巻き込まれて死んでしまった。もう……知っているのかな?」

問いかけられ、頷いたアリスにラフィは続けた。

「僕は暴走した治療システムの一人……現在『ナイトメア』と呼ばれているモノに一度殺された。しかし、死の瞬間にこの猫の意識に自分の情報を上書きして移動したんだ。だから、僕の本体はもう存在してない」
「それじゃ……私は一体何なの? アリスって何……?」

絞り出すようなアリスの言葉を受けて、ラフィは目を伏せた。

「それは……」

言いよどんだ末、彼は言った。

「アーキアリスが、死の間際にプログラムに干渉して怨念を作り出してしまった。君達の『器』は、それを浄化するために、僕がアーキアリスの情報をコピーして複製したモノだ」
「…………」

アリスは言葉を返すことができなかった。

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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