アリス・イン・ザ・マサクル - 55

第7話 「魔獣」①

「アリス様……本当によろしいでのですか?」

フィルレインに問いかけられ、アリスは歯を噛んで息を吸い、頷いた。
揺れる列車の最後尾の車両に、彼女達はいた。
列車は先頭と最後尾が、エンジンがついている他の車輌を牽引可能な車体になっていた。
壁のパネルを操作しながら、フィルレインが唇を噛む。

――最後尾の列車を切り離す。

アリスが言ったのは、そういうことだった。
列車を停止させることなく、最後尾だけを別行動にし、シェルターに戻る。
そしてジャックとイベリスに加勢。
コトが済んだら乗ってきた列車か、現地の列車で離脱する。
……アリス一人ではできない。
ある程度機械の操作ができる者が同行する必要があった。
ラフィにはこのことは伝えていない。
壁のスピーカーから僧正の声が流れ出した。

『フィル、今から列車を僅かに減速させます。そこで連結を切り離しなさい』

僧正には説明をしてあった。
勿論戻ることは反対された。
しかし、アリスは強固に『戻る』、と主張したのだ。

「分かりました。長距離無線装置も稼働しています。ある程度なら通信も使えるかと……」

フィルレインはそう言って、服を握りしめて席に腰を下ろしているアリスに向けて言った。

「列車を……この車両を切り離します」
「うん……お願い」
「……ジャック様は、あなたを戻らせるために逃したのではありませんよ……?」

フィルレインはそこで、アリスに向き直って静かに言った。

「今ならまだ、中止できます。この先のシェルターに一緒に避難しましょう」
「…………」

しかしアリスは首を振った。
その意志が固いことを見て、フィルレインは唇を噛んで、壁の操作パネルに向けて言った。

「切り離します!」

僧正の声と同時に彼女がパネルを操作すると、ガコン、という音がして、二人が乗っている車両が逆方向に流れ始める。
そして何度か振動した後、しばらくしてゆっくりと止まった。

「エンジンを起動します……全速で戻ります!」

フィルレインがパネルを操作すると、もと来た道を列車が走り始めた。
段々加速していく。
歯を噛んでアリスは服を握りしめていた。
ジャックさんは……イベリスさんも、無事だろうか。
それしか頭になかった。

「アリス様……」

切羽詰まった様子のアリスにフィルレインが声をかけようとした時だった。
アリスの頭に、抉りこむような痛みが走った。
思わず悲鳴を上げて頭を押さえる。
心臓の脈動が飛び出しそうに早くなり、鼓動が耳に反響する。
そして胸に、何かほの暗い……淀んだ黒い感情が近づいてくるのが感じられた。

「……あいつらだ……」

アリスはギリ……と歯を噛み締めて立ち上がった。

「え……?」
「ナイトメアだ。この列車、追われてる」

アリスの髪がざわざわと揺らめき始め、その口から虹色のゆらぎが漏れてくる。
それを見てフィルレインの顔色が変わった。

「まさか……それじゃ……」

ジャックとイベリスは、失敗した……?
その事実を考えるより先に、アリスは列車の先頭に向かって走り出していた。

「あなたは列車の操縦をしてて!」

フィルレインが静止する声を聞かず、彼女に向かって声を張り上げながら、何重かになっている扉を開いて向こう側に抜ける。
そしてエアコックを回した。
列車内がロックされ、外部から凄まじい勢いで空気が流入する。
そしてアリスは、列車の扉を開けた。
ものすごい勢いで列車は、地下の暗いトンネルを爆走していた。
風に吹き飛ばされそうになりながら、脇のはしごを登り、列車の屋根に上がる。
バンダースナッチを食いつかせて屋根に張り付きながら、アリスは暗闇のトンネルを睨みつけた。

――何か来る。

それは間違いない。
この列車は追われている。
誰に言われたわけでもないが、その事実だけは確信できた。
どうやって追ってきている?
分からないが、敵なら……。
蹴散らして進まなければいけない。
私は、二人を助けに行かねばならない。
そこでアリスの胸に、猛烈な悪寒が走った。
体が反応するより早くバンダースナッチが動き、高速で飛来した何かからアリスの体を守る。
巨大な何かが体当たりをするかのようにアリスにぶつかってきていた。

「ウッ……!」

呻いて抵抗もできずに弾き飛ばされ、列車から転がり落ちそうになる。
屋根の上を転がりながら、アリスはとっさに手を伸ばして屋根の一部を掴んだ。
バンダースナッチも伸びて絡みつき、かろうじて落下を免れる。
……暗い。
バンダースナッチの虹色のゆらぎで薄っすらと周りが見えていた。
屋根の上に、何かが突き刺さっていた。
卵型の物体だった。
頭から突き刺さったそれが、屋根から体を引き抜く。
そして服についた埃をポンポンと手で払った。
巨大な卵に人面疽がついたような怪物、ハンプティ・ダンプティだった。
そしてそれにしがみついていた人影……その巨体が、ぬぅ、と体を起こす。
頭が……ライオンのように見える。
たてがみを風になびかせ、そいつ……「ジャバウォック」は身をかがませてアリスを睨んだ。

――二匹。

ハンプティの能力で飛んできたらしい。
もし列車を切り離していなければ、市民を守りながら戦わなくてはいけなかった。
その点では「最悪」の状況は避けられたが……。
アリスは強く歯を噛んで、声を張り上げた。

「ジャックさんを……! ジャックさんとイベリスさんをどうした!」

憎悪のままに言葉を叩きつける。
ハンプティとジャバウォックはそれを聞いて、にやにやといやらしい笑みを浮かべて顔を見合わせた。
ハンプティが肩をすくめて、列車の屋根をトントンと足で叩く。
そして口を開いた。

「さてね……どうしたと思う?」

クックック……とジャバウォックが笑う。

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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