アリス・イン・ザ・マサクル - 39

第5話 「双子」④

アリスの耳元で、バンダースナッチ達がざわついた。

「何か来る」「何か来る」「何か来る」
「何だ」「何だ」「何だ」
「分からない」
「危険、危険だ」
「避ける」「避ける」「避ける」「避ける」

一斉に無数のゆらぎが力の方向を変えた。
途端、アリスの体は予備動作も何もなく後方に吹き飛んだ。
ゴムのように伸びたバンダースナッチが後ろの木の幹に張り付き、一気に伸縮したのだった。
真っ赤な目で前を見たアリスだったが、その目が見開かれた。
肉を破る嫌な音が響き渡った。
訳のわからないまま右足に激痛が走り、アリスは悲鳴を上げた。
バンダースナッチの動きが鈍り、そのまま地面に叩きつけられてゴロゴロと転がる。

「何……?」

押し殺した声で呟き、アリスは視線を足に向けて愕然と停止した。
右足が、膝から千切れてなくなっていた。
凄まじい勢いで血が噴出している。

「あ……ああ……」

震える声を発し、彼女は目を見開いて、千切れて転がっている足を見た。
何をされたのか。
全くわからなかった。
痛い、痛い、痛い、痛い。
激痛が頭を支配していて、何がなんだかさっぱり理解できない。
何をされた?
歪む視界で双子の方を見るが、双子は先ほどと同じ場所で同じ姿勢をとり、ニヤニヤとアリスを見つめているだけだった。
トゥイードルダムがまた右手を上げて、パチン、と指を鳴らした。
激痛のあまり耳鳴りがしているアリスの頭に、バンダースナッチ達の警告の声が響いた。
今度は左肩に激痛が走った。
情緒も何もなく絶叫し、地面をのたうち回る。
霞んだ視界に、爆発したように傷口が千切れ、肩口から左腕が切断されて転がっているのが見えた。
何だ……何だ、何だ。
訳がわからない。
そこで痛みのあまり動けないでいるアリスに、双子が立ち上がり、ゆっくりと近づいた。
そしてアリスの前で足を止め、ニヤニヤしながら顔を見合わせる。

「どうしよう、トゥイードルディー」
「どうしてくれようかな、トゥイードルダム」

必死に意識を前のナイトメアに向け、アリスはバンダースナッチ達に意識を送ろうとして……パチン、という指なりの音とともに、今度は右肩を吹き飛ばされ、濁った絶叫を上げた。
痛みのあまりに戦うことを考えるのもできなかった。
もう一度指なりが響きわたり、残った左足も、太ももの部分から爆裂して千切れ落ちる。

「ああ……あ……あああ……」

ガチガチと歯が鳴る。
噛み締めすぎた唇から血が流れ出し、鼻からは鼻血が流れ始めた。
パン、パン、パンと面白そうに手を叩いて拍手し、双子はぐるぐるとだるまにされたアリスの周りを回り始めた。

「さーてさて。これから君を、仲間達のところに連れて行って、そこで生きていることを後悔するくらい残虐な方法で、ゆっくりゆっくり嬲り殺すわけだけど」

トゥイードルディーが何でもないことのようにサラリと言う。
トゥイードルダムがそれに続いた。

「その前に、女として生まれてきたことを後悔させるくらいの楽しみはあるかな? どうかな?」

怖気のするセリフを言い放ち、笑う双子。
アリスは激痛で体を痙攣させながら、口の中に広がる血の味を感じながら、荒く息をついた。
言葉を発しようとするが、おかしな音が出ただけで何も言えない。
いやらしい笑みを浮かべながら、双子がアリスを覗き込む。

「そうだ、忘れていたよトゥイードルダム。そういえば僕達は約束を守らなければならない」

トゥイードルディーがそう言うと、アリスの服の胸をつかもうとしていたトゥイードルダムが振り返って肩をすくめた。

「真面目だな、トゥイードルディーは。早くしないと死んでしまうぞ」
「約束は約束だ。守らなきゃ」

醜い双子の片割れは、アリスに近づいて無造作に足を上げ、その頭を踏みつけた。

「真実を知りたいんだったね。約束だから教えてあげよう」
「…………」

血走った目を彼に向け、アリスは震える歯を噛み締めた。

「『視せ』てあげよう。君の心に干渉して、君の中に眠る真実の姿を」

トゥイードルディーは彼女の前に指を持っていき、そしてパチンッ、と鳴らした。

「死ぬ前に総てを知るといい。望むと、望まざるとに関わらず」

アリスの頭の中に、そこでノイズのような悪寒が走った。
悲鳴を上げて体をガクガクと揺らす。
脳みそをシェイクされるような異様な感覚。
発狂しそうな不快感の中、アリスは暗闇の中に意識を投げ込まれた。

「Oh, Happy Day...」

小さな歌が聞こえる。
暗闇の中で、背の高い、シャツにジーンズ姿の青年が歌っていた。
悲しそうな声だった。
やりきれない絶望の感情を歌に乗せて呟きながら、彼は何かを操作していた。
彼の顔にはモザイクがかかっていた。
表情はうかがい知ることができない。

「アリス……」

彼はそう言って、いじっていた機械から体を離した。

「ラビリンスシステムは腐ってしまった……」

呟いて、モザイク頭の青年は苦しそうに続けた。

「もう幸せな日は訪れない。ここは、君の望んだ楽園ではなくなってしまった。もうじきアポカリクファの終焉が訪れる。その時にこの世界は自壊する」

――ラフィ……?

その光景を、どこか離れた場所で見ながらアリスは心の中で呟いた。
なぜかは分からないが、その男性が黒猫のラフィに見えたのだった。

「僕も消えなければいけない。君の意思と共に。外部からの修正も、もはやこのシステムは受け付けない。僕にはもうどうすることもできない……」

モザイクの青年は、頭を押さえて機械に寄りかかった。

「アリス……教えてくれ。暴走したバグ達を、僕はどうすればいいんだ。君の愛したこの世界を、僕はどうすれば救える……?」

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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