アリス・イン・ザ・マサクル - 78

第9話 「ウミガメモドキ その2」⑤

「ラフィ、敵の能力分かる?」

アリスが白騎士と背中合わせになるように立ち、周囲を見回しながら口を開く。
ラフィは色々な感情を押し殺して息を飲んでから、それに答えた。

「……おそらくは、『ウミガメモドキ』というナイトメアのセブンスは、干渉した存在への認識を操作することだと思う」
「…………」
「ステルシスというドッペルゲンガーは、多分もう殺されてる。アレは『屍』なんだ。そして多分、そのステルシスが変質したモノが『ウミガメモドキ』……あのオリジナルナイトメアだ」
「なるほど」

アリスは別人のように落ち着いた、淡々とした声で相槌を打ってから息をついた。
そして右手の人差し指を伸ばして、ピストルの形をまた作る。

「……じゃあ、あの出たり消えたりするナイトメアは何?」
「おそらく『もう一匹』のナイトメアだ。もう片方を支配しているのか、操作しているのかは分からないが……別の空間とこの空間を出入りするセブンスなんだろう。君達がさっき使ったような……」
「あれはダーインスレイブで、私達がいた場所とここの『距離』を斬り払っただけだ。空間を跳躍したわけではない」

白騎士がくぐもった声で応答する。

「厄介だな……」
「そうだね」

彼……ジャックとアリスが短く言葉をかわす。
曖昧な状態だったはずのアリスがしっかりと動いていることに違和感を感じながら、ラフィは続けた。

「もう片方の能力で逃げられたらコトだ。何とか仕留めたい」
「大丈夫。まだこの近くにいる。バンダースナッチがざわついてるもの」

アリスが、残った左目を異様な色……紫色のような、黒い闇色に輝かせながら周囲を睨む。

「……イベリスさんは? バンダースナッチの波長を感じないけど」

周りを見ながらアリスが言う。
フィルレインが自分の着ていたコートをナイフで切って、イベリスの腕をきつく縛りながら言った。

「……まだ息はあります。でも出血が激しすぎる。早く手当しないと、いくらなんでも……」
「分かった。ジャックさん、早めにケリをつけよう」
「そうだな……」

アリスは淡々と応えてから、息を吸って、そして自分を落ち着かせるように吐いた。
……おそらく、敵の「オリジナルナイトメア」二匹は、近くの「別空間」に隠れて様子をうかがっている。
バンダースナッチが破壊されたことにより、宿主が相当な衝撃を受けているはずだ。
次の手では何の策もなしに攻撃してくるとは思えなかった。
横目で白騎士と化したジャックを見上げる。
できれば、彼にラフィとフィルレイン。
そして傷ついたイベリスを安全な場所に避難させてもらいたい。
しかし、自分ひとりであの光のようなバンダースナッチを防げるかと考えれば疑問はあった。
……ならば答えは一つだ。
さっさとあいつらを始末して。
そしてイベリスさんを安全な場所に運ぶ。
それしかない。

「何なの……何なのあれ!」

ヒステリーを起こして、甲高い声でステルシスが喚く。
白騎士のダーインスレイブでバンダースナッチが破壊されたことにより、彼女の右腕に大きく裂傷が広がっていた。
しかし傍らにしゃがみこんでいたもう一人の「ナイトメア」がそこに触れると、たちまち傷が塞がった。

「大丈夫。まだあいつらは、大事なことに気づいてない」

落ち着いた声でもう一人……「ウミガメモドキ」と呼ばれていた方が口を開く。
彼女達は、周囲が水面のように揺らめいた奇妙な空間に浮かんでいた。
真下にアリスと……そして剣を構えた白騎士を捉えている。
しかし動くことが出来ない。
さきほどの白騎士の反応速度。
そして増援に現れたアリス……。
あのドッペルゲンガーの操作するバンダースナッチの威力は、異常だった。
少しのスキで痛手を被る可能性が大きく、それを悟った二人は動けなかったのだ。

「あいつらは、私とあなたで『一人』だということを、まだ分かってない。だから、まだ反撃の余裕はあるわ」
「…………」

ウミガメモドキの言葉に、ステルシスは歯を噛んだ。

「でも……あなたを危険に晒すことになる。ここは一旦ひきましょう、ウミ。体勢を立て直してからでも……」
「それはダメ、ステル」

ウミガメモドキは強く、ステルシスの言葉を否定した。

「……私達の『楽園』を守らなきゃ。アポカリクファの終焉から……」
「…………」
「逃げたら守ることは出来ないわ。それに、ルイス様はきっとお怒りになる」

その名前を聞いて、ステルシスは強く歯を噛んで、膝の上で拳を握りしめた。

「ルイス……ルイス!」

ヒステリックに喚いて、ステルシスはウミガメモドキの両肩を強く掴んで揺さぶった。

「いつまであんなのに縛られてるの! あいつが……あいつが私達に何をしてくれたっていうのよ! 目を覚まして、目を覚ましてよウミ!」
「ステルこそ!」

ウミガメモドキは目に大粒の涙を浮かべて叫んだ。
その顔を見て、ステルシスがハッとして肩から手を離す。

「……ご、ごめん……」
「……うぅん……あなたの気持ちも分かる。あなたは元々ドッペルゲンガーだったから。だからルイス様の声が聞こえないんだ」
「…………」
「仕方ないよ……」

寂しそうにそう言って俯いたウミガメモドキを、ステルシスは手を伸ばして引き寄せた。
そして軽く抱きしめる。

「ごめん、ごめんね……」
「…………」
「分かった。逃げない……今、ここで。私達であいつらを『駆除』しよう。私の『ウミガメモドキ』のセブンスと、あなたの『グリフィン』のセブンスで」

コクリ、とウミガメモドキが頷く。
二人の少女は、水の中のような空間で同時に、足下にいる「敵」を睨みつけた。

アリスは、サイレンと、そして天井の崩落音が鳴り響くシェルターの中、極めて冷静な……感情を感じさせない表情で周りを見ていた。
不意に、その首筋……うなじの部分にビリッと電流のような衝撃が走る。

——来る来る来る来る来る殺来る来る殺殺

頭の中で幾重にもバンダースナッチの「声」が反響した。
彼らが向いている方に視線を向けて、アリスはジャックに向けて叫んだ。

「上!」

ジャックの反応は早かった。
考える間もなく、白騎士の巨大な体を動かしてアリスを庇うように立つ。
しかし振り抜こうとしたダーインスレイブが、飛来した「何か」と衝突して猛烈な火花を散らした。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

2

天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。