アリス・イン・ザ・マサクル - 49

第6話 「赤の女王」⑦

「列車は出たのか?」

ジャックに問いかけられ、ゆらぎの足で地面を踏みしめ近づいてきたイベリスは頷いた。

「ええ。あの子もちゃんと乗せたわ」
「ラフィは……ついていってくれたようだな」

手に持ったダーインスレイブを地面に刺し、彼は脇に立ったイベリスを見下ろした。

「……君も行かないで良かったのか?」

それを聞いて、イベリスは鼻を鳴らした。

「私まで離脱したら、あなたの生存確率はゼロになるわよ」
「…………」

ジャックはダーインスレイブの柄を握りしめて、前を睨みつけた。

「……それでいい。君も、ナイトメアの撃破を確認したら私には構わずすぐに列車を追うんだ」
「……それについてはノーコメントよ。私も無事に戻れるか、どうも自信がないのよ。本当のところ」

イベリスは端的にそう返し、目の前の暗い森を見た。
太陽はもう落ちており、かろうじてシェルター外側のライトに照らされて、薄暗く見えている。
白の女王を迎撃した時に爆発し、抉れた地面の惨状はそのままだった。
シェルターの外側で、ジャックは防護服を着て前を睨んでいた。
イベリスはシャツにスカートという軽装だ。

「……来ると思うか?」

ジャックに問いかけられ、少女は押し殺した声を返した。

「さっきから、バンダースナッチがすごくざわついてる。多分、あっちは私達の存在に気づいてる」
「気づいていて姿を見せないというわけか……厄介だな。どういう能力なのかが全く読めん」
「難しいことはないわ。何かの予兆があったら、シェルターの中に逃げ込むわよ」
「分かってる」

小声でやりとりをした二人は、背中合わせの姿勢になり、腰を落とした。

「その剣は何回触れるようになったの?」

イベリスに聞かれ、ジャックは小さな声で返した。

「三……いや、四回までは……」
「OK。十分よ。後は作戦通りにできるかどうかだけど……」

そこまで言って、彼女は抉りこむような痛みを頭に感じ、呻いて膝をついた。

「どうした!」
「何……この憎悪……怨念の量……」

小さく震えながら、少女は周りを見回した。

「……尋常じゃない……!」
「敵がいるのか? どこだ!」

ダーインスレイブを地面から抜き、ジャックは構えて周りを見回した。
サヤサヤと森の木の葉が揺れる。
そして、次々に……雪のように葉が落ち始めた。
樹々が段々やせ細っていき、枯れ木になって朽ちていく。

「何だ……?」

唖然としてその光景を見る二人だったが、樹木の枯れ木化は止まらなかった。
徐々にその波がシェルターに近づいてくる。
チリン……とそこで、鈴の音が聞こえた。
剣をそちらに向け、ジャックが目を凝らす。
長い杖のようなものを持った人影が、森の奥からこちらにゆっくり近づいてきていた。
その杖で地面をトン、と叩くと、一斉に周囲の樹木が枯れ木に変わった。
そしてまた数歩足を進めて杖で地面を叩く。
老婆……のように見えた。
しかし頭が異様に大きい。
ボコボコに腫瘍のようなコブが浮かんだ醜い顔面だ。
ギョロギョロとした目を周囲に向けながら、彼女はもう片方の手で被っていた帽子の位置を直した。
羽がついた小奇麗な帽子。
そして中世貴族のようなスカートドレスを纏っている。
赤い服だった。

「赤の女王……?」

そちらを見たイベリスが歯噛みする。

「知っているのか……?」
「ナイトメアの中でかなり凶悪なやつよ。私もどういうセブンスなのかまでは知らないけど……」

赤の女王は、こちらに向かって臨戦態勢をとっているジャックとイベリスを見ると、少し離れた場所で足を止めた。
そして杖をコォン、と地面に打ち鳴らす。
その音は周囲に反響し……彼女が立っている場所から半径十メートル程の範囲。
その地面がグズグズの沼になり、沸騰を始めた。
気泡がボコボコと弾け、異様な臭いがあたりに充満する。
後ずさってその沼から離れた二人に、中心部に浮き上がるように立った赤の女王は口を開いた。

「……足りないねェ……ハンプティの話じゃ、アリスは二人ってことだったよ」

しわがれた声を発し、飛び出しそうな目で二人を見るバケモノ。

「……中にいるのかえ? なあお二人さん。怪我でもして出てこれないとか……そういうことかね?」

ニンマリと裂けそうな程口を開いて笑い、「それ」は続けた。

「じゃあ、遠慮なく狩らせてもらうとするかね」
「十分よ……中に入るわ!」

そこでイベリスが小さな声で言い、ジャックの手を引いた。
ハッとしたジャックが赤の女王から視線を離し、腰に下げていた手榴弾のピンを抜きざまに、それに投げつける。
放物線を描いて飛んできた凶器を見て、赤の女王は首の骨をコキコキと鳴らした。
次の瞬間、その眼前で手榴弾が炸裂した。
凄まじい爆炎と空気を破裂させる音。
そして榴弾があたりにばらまかれる。
しかしそれらすべては、赤の女王の体に当たる寸前でグズグズのヘドロのようになり、流れ落ちて消えた。

「…………」

煙が収まり、無傷のバケモノが顔を上げる。
彼女は周りを見回したが、ジャックとイベリスは既にシェルターの入り口に移動していた。
ジャックがダーインスレイブを片手で握りながら、歯を噛む。
そして彼はボタンを押してシェルターの入り口、そのシャッターを閉じた。
閉まる寸前、憎しみに歪んだ瞳を赤の女王に叩きつける。
完全に閉まったシェルターを見て、ナイトメアはニィヤリと笑った。

「何やら考えているようだが……果たしてその努力は報われるかねェ……」

ヒッヒッヒと笑いながら、彼女は沼を踏みしめて歩き始めた。

「Oh,Happy...day...」

小さな声で歌いながら、シェルターに近づく。
その目が真っ赤な血の色に染まり、鈍い光を発した。

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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