アリス・イン・ザ・マサクル - 24

第4話 「白の女王」④

「…………」

僧正はしばらく考え込んでいたが、やがて穏やかに言葉を続けた。

「自分を責めてはなりませんよ、アリス。あなたに、この世界の人間全て……その生命の責を負う義務はありません。そこにあった生命が無くなり、ロストした。それだけのことです」
「…………」
「永遠にロストした生命を、あなたはどうにかすることができますか? アリス」

静かに問いかけられ、アリスは俯いてジャックの手を強く握った。

「…………できないです……」

だいぶ考えた後、彼女は小さな声で答えた。
ジャックが何か言葉を発しかけ、飲み込んで僧正を見る。

「起こったことを悔み、嘆き悲しんで恐怖するよりも、現在、そして未来を把握して対処することが重要です。特に……天使であるあなたには」
「教えてください……!」

僧正の言葉を遮って、アリスは問いかけた。

「天使って、何なんですか? どうしてナイトメアは私を追ってくるんですか? 私の中にいる何かって何ですか?」
「…………」
「何も分からない……怖い、すごく怖いんです……」

ポタポタとアリスが涙を床に垂らす。
その頭を撫でたジャックは、松葉杖に寄りかかって僧正を見た。

「少なくとも貴女は、それを知っているから私達に救援を出した。違いますか?」
「その通りです。しかし、私が知っている情報も所詮断片に過ぎませんが……」

僧正は淡々とそう言った。
そしてアリスに向けて続ける。

「……天使とは、あなた方『アリス』と呼ばれる存在のことです」

意味不明なその答えに、アリスは柱の脳を見上げて、必死に言葉を返した。

「どういう意味なんですか? 私は、私はここにしかいません! 私は世界に一人です!」
「あなたは天使という端末情報のひとつです。この世界には、無数の『アリス』が存在します」

残酷なほど静かに僧正は続けた。

「無数の……アリス?」

呆然とした少女を、ジャックが辛そうな顔で見下ろす。

「もちろん同一と言うわけではありませんが、天使はほとんど同じ姿形をしている存在です。外気に触れることができ、ナイトメアを見ることができる。崩壊病にかかることもなく、不思議な力を使うことができる……」
「…………」
「どこから天使が現れ、そして何故現れるのか。それは私達にも分かりません。ただはっきりしているのは、天使はナイトメアに対抗できる力を持ってこの世界に顕現します。あなたも、それは分かっているはずです」

アリスはジャックの手を握っている方と反対の手を広げて、震える視線をそこに向けた。

「私が……他にもいるんですか……?」

単純な質問は、動揺で大きくブレていた。

「天使様、それは……」
「イベリスを呼んできなさい」

僧正がそう言うと、言葉を発しかけていたフィルレインが弾かれたように脳を見上げた。

「僧正様……!」

戸惑いの声を発したフィルレインに、しかし僧正は断固とした声で続けた。

「この子と、イベリスを会わせる必要があります。彼女をここに」
「…………はい」

頷いてフィルレインが奥のエレベーターに消える。

「イベリス……?」

聞きなれない単語を繰り返したアリスに、僧正は言った。

「このシェルターには、もう一人天使がおります」
「……えっ?」

驚いて大きな声を上げる。
ジャックも目を見開いて僧正を見た。

「成る程……それじゃ、ここに入ってから感じていたおかしな気配はそれか……」

フィルがアリスの足元で小さく呟く。

「ナイトメアは、天使であるあなた達の血液を体に取り込むと、どうやら進化するようです。イベリスが、前にそう教えてくれました」

ポン、という音がしてフィルレインが出ていった方のエレベーターのドアが開く。
そこに目をやったアリスは、呆然として硬直した。
ガラガラと車椅子を押して部屋に入ってきたフィルレインが、戸惑いの表情で僧正を見上げる。

「イベリス様をお連れしました……」
「よろしい。イベリス、少し話はできますか?」

僧正が車椅子に乗った少女に向けて優しく声を発する。
イベリスと呼ばれた少女は、ゆっくりと目を開けると、小さく咳をした。
……彼女には両足がなかった。
スカートを履いているが、その部分がすっぽりと何もない。
アリスそっくりの姿かたちをした少女だった。
金髪に鳶色の瞳。
背丈も、目つきも、体つきも、全てがほぼ同じ。
違ったのは、イベリスという彼女には足がなく、病院服を着ているということ。
そして彼女は、異様なほどやつれていた。
目だけがギラギラと光る猛禽類のように輝いている。
彼女はその鋭い瞳で、呆然としているアリスを見ると、馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

「……何? 久しぶりに同族が来たと思ったら、ずいぶんと頼りなさそうな子ね」

高圧的に言われてアリスが萎縮する。
イベリスは、アリスの足元のラフィを見ると眉をしかめた。

「…………」

何か言葉を発しかけてそれを飲み込み、彼女は僧正を見上げた。

「……で? 私に何をさせたいの?」

アリスと同じ外見なのに、威圧感がある。
呆然としているアリスに向け、僧正は言った。

「この子が天使、イベリスです。以前ここを襲撃したナイトメアと交戦し、私達を守るために足を失ってしまいました」
「……私の落ち度みたいに言わないでくれません?」

忌々しそうに吐き捨て、イベリスは僧正に言った。

「あなた達のバックアップが下手過ぎたからこうなったのよ」

彼女の車椅子を押していたフィルレインが萎縮して肩をすぼめる。

「イベリス……それは……」
「……何ボケッとしてるの? 呆けるだけならサルにでもできるわ」

僧正を無視したイベリスにきつく言葉を投げかけられ、アリスがビクッと体を震わせ、後ずさる。
その異様な様子を見て、車椅子の少女は首を傾げた。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

1

天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。