アリス・イン・ザ・マサクル - 18

第3話 「ハンプティ・ダンプティ」⑥

列車の男達にフィルレインが事情を話し、下車の許可は意外なほどあっさりと出た。
一時間で戻ってくるようにという話だったが、ずっと列車の狭い部屋に閉じこもっていたため、アリスは揺れない地面に降り立って大きく息をついた。
地下だったが、綺麗に整備された施設だった。
ジャック達がいたシェルターのように、白い壁で囲まれたエリアを通路がそれぞれ繋いでいる。
まるでアリの巣のようだ。

「全然薄暗くないね」

アリスがフィルレインにくっついて歩き出す。
フィルレインは笑ってそれに答えた。

「天井に大量に永久灯が埋め込まれていますからね。それに、空調がきいていますから不自由はないはずです」
「ここも外からは切り離されてるの?」
「はい。私達は生身で外気に触れることはできませんから……」

そう言って彼女は、持っていたカードキーをゲートと思われる扉の前でかざした。
軽い電子音がしてゆっくりと扉が開く。
二人と一匹は、それをくぐってマーケットの中に入った。
各地から行商人が集まっているらしい。
フィルレインの話だとだいぶ人がいる、ということだったが、出ている露店はまばらだ。
ほとんどが固形の食料品を売っている店だった。
生鮮食料品は一つもない。
一つの露店から、麻袋に入った固形スープを買い、フィルレインはそれを肩に担いでから、店番の女性に金を払った。

「あら、フィルちゃん久しぶりだねえ」

彼女に呼びかけられ、フィルは顔を上げ、目を見開いた。

「あ! まだここでお店してたんですね!」
「三ヶ月ぶりくらいかね。大きくなって。後ろの子はお友達かい?」

問いかけられ、アリスは戸惑いの表情をフィルレインに送った。
フィルレインは軽く笑ってアリスの手を取り、頷いた。

「はい!」
「そうかいそうかい。ちょっと待っていなさい、オマケしてあげよう」

女性は奥に引っ込むとやがて棒についたキャンディを持ってきた。
そしてアリスとフィルレインに握らせる。

「最近はナイトメアの攻撃も激しいって聞くからね。十分気をつけるんだよ」

アリスの脳裏に、前のシェルターで、炎に嘗められ黒焦げになり崩れていった市民達の姿がフラッシュバックした。
僅かにキャンディを持った手が震えた。
無意識のことだった。
それを横目で見て、フィルレインは女性に一礼し、アリスの手を引いて歩き出した。

「天使様、大丈夫ですか?」

心配そうに問いかけられ、アリスはハッとして彼女を見た。
そして何度か頷く。

「うん……うん、大丈夫……」
「キャンディは貴重品ですから、列車に戻る前に食べてしまいましょう」

ニッコリと笑ってフィルレインが言う。
キャンディを舐めながらアクセサリーの露店を見始めた少女二人を、なんとも言えない表情でラフィが見ていた。
やがて、フィルレインに買ってもらったのか、おそろいの白いリボンを頭につけた二人が、道端であくびをしていたラフィのところに戻ってきた。

「ラフィ、見て。かわいいでしょ?」

少し表情が明るくなったアリスが言う。
ラフィが興味なさそうに彼女達を見上げ……。
そして、黒猫とフィルレインは同時に、弾かたように振り返った。
フィルレインが少女の動きとは思えないほどの機械的な動作でアリスの腕を掴み、自分の背後に庇う。
そして彼女のもう片方の服の袖から、金属音を立てて長い針が飛び出した。

「ど……どうしたの? 二人とも……」

アリスが怯えたように小さな声を発する。
ラフィはそれには答えずに、歯を噛んで押し殺した声で言った。

「……いるね」
「ええ。先程チラッと見えました」

フィルレインが周囲を赤い瞳で見回しながら言う。
アリスは息を呑んで呟いた。

「まさか……ナイトメア……」
「シェルターの隔壁をものともしないナイトメアなら、おそらくオリジナルだ。センサーも反応してない……何だ……?」

ラフィが言うと、フィルレインが後ずさってアリスを背後の、通路の壁に押し付けながら続けた。

「天使様を列車に逃がします。猫、あなたは天使様と走ってください」
「僕は猫じゃない……」

毒づきながら、ラフィはアリスを見上げた。

「行くよ、アリス。オリジナルの臭いが近くでする。早くここを離れた方がいい」
「で……でも、フィル……」

手を伸ばしたアリスの手を軽く握り返し、フィルレインは微笑んだ。

「大丈夫です。すぐ追いつきます」
「そんな……」

帽子屋の高笑いが頭の裏で響いた気がした。
狂気に満ち溢れたおぞましい怪物たち。
八つ裂きにされる自分。
貪り食われる顔とフィルレインが重なり、アリスは強く首を振った。

「ダメ! 逃げよう、一緒に!」

フィルレインの手を掴んで強く引く。

「天使様!」
「フィルも一緒じゃなきゃやだよ! 早く走って!」
「……残念だが、そうはいかない。君達はここで殺させてもらう」

そこで落ち着いた静かな声が、アリス達の耳を打った。
心臓が何かに鷲掴みにされたかのように硬直する。
目を見開いて顔を上げる。
マーケットの人混みの向こう……少し離れた露店のテント屋根の上に、「何か」がいた。
人間大の卵……のような形をしているモノだった。
小洒落たシルクハットを被り、卵型の胴体にタキシードを着ている。
胴体の脇から小さな腕、そして妙に大きな足が突き出ていた。
口があった。
目があった。
卵の殻に当たる部分に、人間の顔の皮膚に見えるものが縫い付けてある。
その目がギョロリと動き、アリスを見た。
口元が裂けそうに開く。
やはり、周囲の人間達には見えないようだ。

「ハンプティ・ダンプティ……」

ラフィが歯噛みして呟く。
ハンプティ・ダンプティと呼ばれた卵型の「モノ」は、懐から葉巻を取り出すと、先を歯で噛みちぎってマッチで火をつけた。
そしてフーッ、と息を吐き出して、マーケットの地面にふわりと降り立つ。
重量を感じさせない動きで周りを見回すと、ハンプティはギョロギョロとした目を細めて笑った。

「あいにくと俺は無駄が嫌いでね。帽子屋のようにここの人間達を皆殺しにしてもいいんだが……それではちょっと気品が足りない。無駄な汗もかくしな。だからスマートに君を殺しに来た」
「…………」

アリスが、不気味なバケモノを前にして小さく震える。

「とりあえず、久しぶり……と言った方が良いかな? アリス」

指がある両手を脇に広げて、「それ」は低い男性の声で続けた。

「二、三……質問してもいいかな?」

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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