アリス・イン・ザ・マサクル - 41

第5話 「双子」⑥

そして小さな銃弾のようなものを取り出す。
それを地面に突き刺し、彼女は足音を殺して少し離れた場所に移動した。
そしてバイクに近づき、後部座席に縄で結びつけてあったダーインスレイブを解いて、手に持つ。
バンダースナッチを腕にもまとわせているので、重くはないようだ。
それを片手で下段に構えて、彼女はもう片方の手でポケットから小さなスイッチを取り出した。

「行くわよ」

そう言って、カチッ、とスイッチをオンにする。
途端、イベリスが地面に刺したモノが爆裂し、辺りを真っ白な閃光が包んだ。
ラフィが思わず、目を閉じて硬直する。
――閃光弾。
それに気づいた時には、爆発の瞬間目を閉じていたイベリスは、既にゆらぎの足で地面を蹴り、空中高くに飛び上がっていた。
鳥のように小さな体が舞い、双子の頭上を飛び越えて反対側の建物の屋上に着地する。

「何だ! トゥイードルディー!」
「分からない! もう一人のアリスかもしれない!」

双子が喚きながら臨戦態勢をとる。
白い光で目がくらんでいるらしく、辺りにブンブンと手を突き出して威嚇している。

(やっぱりね……)

それを見て、イベリスは心の中で得心がいったように小さく笑った。
あの双子には、おそらく白の女王や白騎士などに備わっていた「戦闘力」はない。
あるなら無闇矢鱈に、自分達の身を守るために使うはずだ。
何の能力なのかは確証はないが、「今」は、「それ」でこちらに危害を加える事ができないようだ。
導き出される可能性はいくつかあるが……。
廃墟の建物の屋上にしゃがみこんで、イベリスは双子の視力が回復する十数秒の間に、閃光のように思考を巡らせた。
外傷をつけずに致命傷を与える力。
もしかしたら、それは対象に幻覚か何かを見せて精神に対して攻撃を加えるものなのではないだろうか。
そう考えれば、強力な攻撃を放つアリスが何もできずにやられたのも納得がいく。
物理的な防御は確かにものすごいかもしれないが、心は無防備だ。
それに、双子は挑発だったのかイベリスのところにも前もって現れていた。
精神に干渉し、自分達の意識を飛ばしてリンクさせてきたのだとしたら……。
今は自分の方には気づいていないようだが、何らかのトリガーで能力に堕ちてしまう可能性が高い。

(まだ攻撃を加えるのは早いわね……)

心の中で呟き、イベリスは屋上の陰に身を隠した。
そして顔だけそっと覗かせ、双子の動きを観察し始める。
目眩ましから復帰した二人のバケモノは、ギリギリと歯ぎしりをしながら背中を合わせ、周りを見回した。

「トゥイードルディー、見えるかい?」

トゥイードルダムが憤怒に歪んだ顔で言う。
問いかけられた双子の片割れは首を振った。

「分からない……しかし近くにいることは確かだ」
「気に入らない……気に入らないぞ! こっちを観察してやがる!」

喚きながら周りを見ている双子の様子に、イベリスは一つのことを確信していた。
まだ攻撃をくわえてこないということは、先の推論はほぼ確定と言ってもいい。
つまり、こちらが視界に入らない限り攻撃をすることができないのだ。
人差し指を立てて、イベリスは自分と双子の間の距離を測り始めた。
およそ二十メートル。
飛びかかって一人は殺れるかもしれないが、もう一人に返り討ちに遭う可能性がとても高い。
ならば、ダーインスレイブはどうだ?
手の中の剣を見て、しかしイベリスは歯噛みした。
……駄目だ。
この剣がどのくらい自分の生命力を吸うのかが分からない。
ここから振るえば殺れる……かもしれないが、あまりにも不確定だ。
もし一撃で仕留められず、自分が昏倒してしまったら全てが終わる。
アリスは殺され、自分も殺され、シェルターの人間達は虐殺されるだろう。
使うにしても追いつめられた瀬戸際だ。
そこで双子がニヤリと笑って顔を見合わせた。
そしてアリスの髪を掴んで引きずり起こす。

「もう一人のアリス!」

トゥイードルディーが大声を上げた。
そして背中合わせのトゥイードルダムがそれに続く。

「今からこのアリスの指を一本ずつ切り落としていくよ!」

イベリスの肩の上でラフィが息を呑んだ。
双子がそれぞれポケットから、ゾロリとサバイバルナウフを取り出してゆらゆらと振る。
トゥイードルダムがナイフをアリスの胸に当て、ツツー……と服を切り裂いた。
下着まで切断されたアリスの胸が、わずかに切り傷をつけられて血を流しながらあらわになる。
それでも意識はないようだ。

「指が終わったら足にしようかな。それが終わったら皮を剥ごう!」
「そうだね、そうしようトゥイードルディー!」

ケタケタと双子が笑う。

「猶予をあげるよ! もう一人のアリス。今から二分だけ待つよ!」
「その間に投降してね! そうしたら、お前がいたシェルターだけは『見逃してやる』と約束しよう!」
「約束は守るよ! だから約束を守ってね!」

えげつない笑みを浮かべた双子を見て、ラフィが飛び出しかける。
その口元を押さえてラフィを押しとどめ、イベリスは更に建物の陰に体を押し込んだ。

――幼稚な脅迫だ。

まずそう思った。
勿論、ナイトメアにこちらを痛めつけ拷問することに何の躊躇いもないことは知っていた。
アリスは本当に言われた通りにムゴいことをされる。
それは確実だ。
しかし、だからと言って自分が出ていくと考えているのは笑止だった。
イベリスは冷静だった。
出ていってあいつらが約束を守る保証なんてどこにもない。
それに、目的はアリスの救出だ。
それをさておいて投降しろ、なんて交渉にもなっていない。

(バカね……)

心の中で嗤う。
イベリスは確信した。
あの双子の視界に入ってはいけない。
おそらく、目。
背中合わせの戦闘態勢。
そして意地でも自分を引っ張り出そうとする言動、そこに焦りが見える。
どのくらい視力があるのかわからないが、二人に視られた瞬間に術にかかる……と、警戒した方がいいとイベリスは踏んだ。
厄介な能力だ。
視られたら負ける。
おそらく精神に作用し、強烈な痛みか何かを送り込まれるのだろう。
脳は不思議なもので、イメージだとしても過剰な干渉を受けると、それを現実のものだと認識する。
おそらくアリスは、今痛みか何かでピクリとも動けないはずだ。
もしかしたら、脳がそれに耐えきれずに虫の息なのかもしれない。

(さて……)

イベリスはそこまで考えて、ラフィを押さえつけながら呼吸を整えた。

(狩るか……)

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天寧霧佳

【長編ホラー小説】アリス・イン・ザ・マサクル 【連載中】

記憶喪失の少女が目覚めたのは、血と錆と暗闇が支配する悪夢の国。 彼女を「アリス」と呼ぶ異形の者達が次々に襲いかかる。 訳も分からず戦う事になった少女。 彼女は、覚めない悪夢の中をもがき続ける。
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