ラルロッザの学園都市 40

第32話 「街へ遊びに行こう」 ③

「へぇ~……パンってこんなグネグネからできるの……」
「タネを見るのははじめてかい? 寝かせて発酵させてから、かまどで焼くんだよ」
「ふむふむ」

思いのほか真面目にパン作りの工程を学んでいるリンを見て、焼けたパンを陳列しながらテュテが息をつく。
そこでアンジュナが顔を上げてテュテに言った。

「お嬢ちゃんは、手際が良いねえ。慣れてるのかい?」
「ん? ああ、俺はバイトとかいろいろしてますから」

何でもないことのように軽く手を振ってテュテが陳列に戻る。
リンはノームの老婆に教えられたのを真似して、発酵したパン生地をシパァン! とまな板に叩きつけた。
そしてぐねぐねと揉み始める。

「ふわぁぁ、柔らかいの!」
「そうかいそうかい。優しくやるんだよ」
「鬼ババのおっぱいみたい!」
「ほっほっほ、そうかいそうかい」

アンジュナの凄まじいスルースキルに舌を巻きながら、参考にしよう……とテュテが思った時だった。
ガラァン! と乱暴な音がして勢いよく店の扉が開いた。
そして足音荒く、数人の足音がどかどかと入ってくる。

「あ、すんません。まだ開店前で……うわ!」

小さく悲鳴を上げて、突き飛ばされたテュテが尻もちをつく。
入ってきた男達……頭部がトカゲの、いわゆる「リザード」と呼ばれる獣人達は、ガラの悪い表情で店内を見回し、顔を出したアンジュナを見て、押し殺した声を発した。

「よぉババァ。まだ生きていやがったか」

そう言いながら、男の一人がテュテが転んでひっくり返したトレイをパンごと踏み潰す。
不穏な気配を感じて、テュテが眉を潜めた。

「あんたら……!」
「ふむ……」

声を上げかけたテュテを手で制して、アンジュナは曲がった腰で杖をついて男達の前に出た。

「……何度言われても、アタシはこの店を立ち退くつもりはないよ。お帰り、坊や達」
「このババァ! ここには新しくガールンドのレストランが建つ予定なんだよ! モウロクしやがって!」
「何回言っても理解が悪いバァさんだな!」

口々にがなりたてる彼らを冷ややかな視線で見つめてから、アンジュナは続けた。

「子供達が怖がるじゃないか。おやめ」
「……バァさん」

そこで、少し後ろから腕組みをして様子を見ていたリザードの一人が前に進み出た。
真っ黒いメガネをかけていて、顔にいくつものケロイドのような切り傷があった。
明らかにカタギではない。
立ち上がったテュテが、危険を察してそっとカウンターの後ろに回る。
進み出た黒メガネのリザードは、どっかりと椅子に腰を掛けると、隣の男が持っていたトランクを受け取り、ズン、とテーブルに乗せた。

「回りくどい話はナシだ。ウチはそういうのは嫌いなんでね」

バチン、とカギを開けてトランクを開く。
そこにはギッシリと札束が詰まっていた。

「二千万ルクスある。これで、今週中に立ち退いちゃあくれねぇか?」

大金だった。
それを見たテュテが目を白黒させてアンジュナを見下ろす。
ノームの老婆は淡々とした顔でトランクを一瞥してから、もう一度繰り返した。

「何度言われてもダメなものはダメだよ。アタシは、この土地を退くつもりはないし、店を手放すつもりもない。レストランとやらは別の場所に作るんだね」
「ふむ……」

トランクの蓋を閉めて、黒メガネのリザードは椅子を立ち上がった。
ガタン、と乱暴に小さな椅子が倒れる。

「ウチらの商会の顔に泥ォ塗るってんなら、こっちにも考えはあるんだがね」
「脅しかい?」

小さく笑って、アンジュナは曲がった腰でどっこいしょとカウンターの椅子に座った。

「この老い先短いババァの命消したって、アンタ方にゃあ得はないとおもうんだがねェ」
「言うじゃねぇか……警告はし」

そこまでリザードが言ったところで、パタパタと靴を慣らしながら、両手と顔面を小麦粉まみれにしたリンが厨房から出てきた。
そしてリザードの前を通過してアンジュナの方に駆け寄る。

「お婆ちゃん! かまどにブチこんだよ!」
「ほっほっほ、そうかいそうかい」

話を中断された黒メガネが、指先でメガネを戻してから、気を取り直してセリフを言い直す。

「警告は……」
「そしたらどうすればいい? 焼くの? 焼いた後潰すの? 叩き潰せばいい?」

乱入してきて不穏なことを口走る子供に、周りのリザード達が眉をひそめた。

「ババァ、ウチは確かにてめぇに警告を……」
「他のもすりつぶしておいたよ! 肉は切り刻めばいい? あとはかまどにブチこむだけ? タネもぶん殴っておいたよ!」
「何だこのガキはァ!」
「どこの子供だコラァ!」

ブチギレたリザードの皆さんが大声を上げる。
あわわ……と青くなったテュテの前で、二人のリザードが、拳をペキペキと鳴らしながら近づいてきた。

「クソガキィ……! 大事な話の……」
「うるっさいな」

リンが一瞬真顔になって、近づいてきたリザードが伸ばした手をパシン、と払う。
そしてその勢いでグルリと体を反転させて、固めた拳をズン、と彼の下腹に抉りこませた。
リンの三倍近い巨体が白目を剥いて力なく崩れ落ちる。
周りが反応するより早く、リンは小麦粉まみれの手でパンパンとリザード達の顎を叩いて、一瞬で昏倒させていった。

「なっ、何だ! このガキ! 慣れてやがる!」

黒メガネのリザードが慌ててトランクを持って出口に向かって駆け出す。
リンが無表情で、逃げていく彼に向かって右手を伸ばした。
その手の先にウィンウィンと音を立てながら、周囲の魔力が高密度に圧縮されていく。

「やめろ!」

ガッ、と頭をテュテに掴まれて、リンの集中力が切れた。
手の先の魔力が軽い音を立てて掻き消え、彼女は抗議するようにテュテを見上げた。

「えええ……? 特に悪いことはしてないの……」
「何で恨めしげに言えるかな。出かける時にパパ様と約束をしただろ……人を殺す可能性のあることはしないって……」
「ヒトって意外と丈夫だからこれくらいじゃ死なない」
「うるせー! やめろっつってんだよ!」

ブチギレたテュテが、昔こんなことあったよな……と既視感を感じながら怒鳴る。
そこでアンジュナがほっほっほと笑いながら二人に近づいた。

「いやぁ驚いたよ。お嬢ちゃんは強いのねぇ」
「ちょっとやそっとじゃ死なないの!」

頭をアイアンクローされながらリンが元気に答える。
テュテが申し訳なさそうに、昏倒したリザードを足でどかしながら言った。

「す……すんません。何か大事な話を思いっきり邪魔したみたいで……」
「いいのよいいのよ。リンフロンちゃん、ついでにこいつらを外に捨ててきてもらえないかしら?」

アンジュナににこやかに言われ、リンは

「はいなの!」

と元気に返事をして、テュテを見上げた。

「解放してほしいの」
「……え……? あ、ああ。いいんスね。これで……」

混乱しながらテュテがリンの頭を離す。
リザード達の足を掴んでズルズルと店の外に引きずりだしているリンを見ながら、アンジュナはふぅ、と息をついた。
散らばったパンを片付けながら、テュテが言う。

「あの……大丈夫ッスか?」
「情けない所見せたねえ」
「いえ。誰にだって事情はあるもんですし……」

テュテは口ごもって言葉を止めた。
ガールンドというのは、最近学園都市に進出してきた飲食会社の名前だった。
おそらくそこから依頼を受けて、先程の地上げ屋が乱暴に交渉をしているのだと思われる。

「どうやら、魔導風水の占いの結果とかで、ここがレストラン建築の予定地に選ばれたらしくてね。全く……迷惑な話だよ」
「あいつらそんな方法で建築予定地決めてンすか……」
「確かにお金は欲しいけどねぇ……」

顎に手を当てて、アンジュナはパンの焼けるにおいの中、壁にかけられた写真を見上げた。
そこには笑顔で写っている彼女と、ノームの老人の姿があった。

「まぁねぇ……どうしたものかねえ」
「…………」

彼女の呟きを聞いて、テュテは口をつぐんだ。
そこでパンパンと手を叩いて、小麦粉まみれのリンが店に入ってくる。

「下水道に捨ててきたよ!」
「そうかいそうかい」

ニコニコと笑いながらアンジュナがリンの頭を撫でる。

「それじゃ、手を洗ってまたパンを作ろうかねえ」
「……え? あの、それでいいんスか……?」

おそるおそる小声で聞いたテュテをスルーして、リンが

「はいなの!」

と元気に返事をする。
テュテは、また面倒なことになってきたな……と頭痛がしてきた頭を押さえてため息をついた。

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天寧霧佳

【長編ギャグ小説】ラルロッザの学園都市【連載中】

魔法学園都市ザインフロー。 そこに暮らす一癖も二癖もある魔族達。 今日も今日とて彼らは往く。 この奇妙な日常を! 天使と大魔王の娘、フィルレイン・ラインシュタインを中心として……。 魔族の生徒会員達が大暴れ!! 波乱と、そして恋の行方は……!?
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